出典:Pixabay 1603年に徳川家康が江戸幕府を開いてから黒船来航までの260年間もの年月を江戸という都市は戦乱とは無縁の平和な時代として享受し、その結果として華やかな町人文化が花開きます。 その後時代は移り変わり日本の中心として発展してきた東京は今では世界最大の都市となりました。 世界の中心都市の一つとなり科学技術の最先端に位置する東京には、一方で今もその江戸文化の息吹がいたるところに息づいているのです。 それらを感じることができる東京名物に舌鼓を打ちながら江戸の情緒に思いを馳せてみるのも良いのではないでしょうか。 【駒形どぜう 本店】柳川鍋[浅草] 出典:写真AC どじょうを使った東京名物が柳川鍋です。 一般的にどじょうと笹がきゴボウを鍋で煮て、卵で閉じた物の事を言います。 現在の日本橋横山町にあった柳川という店が発祥と言われています。 漢字で「泥鰌」と書くように泥臭いイメージもあるどじょうですが、しっかりと調理された柳川鍋に泥臭さはありません。 江戸時代、どじょうとゴボウはともに精がつく食べ物として知られていて鰻(うなぎ)と比べて安価などじょうは江戸っ子に好んで食べられていました。 鰻の絶滅の危機が叫ばれるなか、今年の夏は江戸っ子に習い鰻ではなく東京名物である柳川鍋で精をつけるのも良いかもしれません。こちらでは、どぜう鍋の老舗である「駒形どぜう 本店」を紹介します。 <駒形どぜう 本店> 住所:東京都台東区駒形1-7-12 アクセス:都営地下鉄浅草線「浅草駅」 A1出口より徒歩1〜2分 営業時間:11:00~21:00 電話番号:03-3842-4001 予算:3000円~5000円 【常盤堂雷おこし本舗】雷おこし[浅草] photo by Nori Norisa 人形焼とともに東京土産の定番である東京名物が雷おこしです。 餅を煎って作るおこし種を水飴や砂糖などで固めたもので、西洋のヌガーに似たお菓子と言えます。 1600年代後半に木下おこしという名前で売られていたお菓子が浅草寺の雷門にちなんで雷おこしという名で売られ始めたのが発祥と言われています。 …
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「記憶が走馬灯のように蘇ってきた」という表現を知っていますか? 特にいまわの際(死の直前・死ぬ間際)や死を覚悟した瞬間などに、使われる表現になります。 実際に走馬灯とはなんだろうと思う人も多いはずです。走馬灯の意味を知ることで、言葉の意味をより深く理解することができます。また、誤用を避けることもできるようになります。 今回は「走馬灯」という言葉について意味や由来など、詳しく紹介していこうと思います。記事後半では、走馬灯を使った例文・走馬灯の原理・走馬灯を体験できる確率・英語での説明も紹介しています。 走馬灯の意味 走馬灯は、主に死に際や感情が揺さぶられた際に、様々な記憶が次々と蘇ることを意味します。 過去の出来事をありありと思い出すことや、時間の流れを無視して大量の記憶が蘇るケースが多いのも特徴です。意識的に思い出そうとして思い出すものではなく、条件が重なった結果として記憶が蘇る場合に使われます。 記憶に流れがあり、生まれてから死ぬまでの一生の記憶が一瞬で蘇るケースや、家族との思い出など印象に残るエピソードが思い浮かぶ場合が多いといわれています。実際に体験することが難しいため、小説などのフィクション上の表現か、治療などで蘇生した人の体験談が主になっています。 走馬灯の由来 出典:写真AC 走馬灯はもともと江戸時代中期に生まれた遊び道具の一つでした。 筒状の行灯の中に影絵の馬を仕込み、筒の上の風車とつなげます。ろうそくに火をともすと温められた空気が風車に当たり、回転することで影絵の馬も回りだします。ろうそくの光で影絵の馬の影は部屋全体に広がり、幻想的な光景を楽しむことができるのです。 夏の夜を楽しむための遊びの一つとして誕生したのが走馬灯で、様々なバリエーションが生まれました。影絵の馬は途切れることなく走り続けるため、記憶が次々と蘇るさまに例えられるようになっていったのです。現代では電気式の走馬灯が主流になっていて、お盆やお葬式に仏前に飾られることが多くなっています。 極楽浄土をイメージさせるカラフルなものが多く、走馬灯といわれてもわからない人が多いのが特徴です。 走馬灯を使う場面 出典:写真AC 「記憶が走馬灯のように蘇ってきた」は、自分が意識せず、途切れることなく記憶が蘇ることを意味しています。走馬灯と単純に表現された場合は、死に際や命の危機を覚えたシーンに使われることが多く、病気で死期を悟った人間に訪れるといわれています。 由来から読み解くように、走馬灯は仕組みを作れば自動的に回るものであり、「走馬灯が走る」などの表現は誤用になります。また、死に瀕した人間だけでなく、最期を看取る側に起こるケースがあるともいわれています。 「彼と過ごした青春の日々が走馬灯のように蘇った」など、夫婦や恋人関係の深さを示すものとして使われるケースがあるのも特徴です。 走馬灯の例文 情緒ある走馬灯の例文を紹介します。 1. 彼が突然倒れたその瞬間、彼の人生が走馬灯のように蘇ってきて、鮮やかな色彩と共に頭を駆け巡った。 2. 別れの瞬間、彼女と過ごした日々が走馬灯のように心を駆け巡り、切ない気持ちで胸が一杯になった。 3. 父の遺品を手にしたとき、共に過ごした日々が走馬灯のように頭の中を巡り、懐かしさと共に涙がこぼれた。 4. 突然の訃報に接したとき、彼との過去が走馬灯のように思い出され、心に深い悲しみが広がった。 5. …
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「長年の間、旧友と関係がこじれて関わりを断っていたが、つい先日親しくなったばかりの人物が快刀乱麻のごとく我々の仲直りを実現させてくれた」というときなどに使われる、「快刀乱麻」という言葉をご存知でしょうか。 快刀乱麻という言葉は、耳にする機会が比較的多い四字熟語ですが、正確な意味を知っている人は意外にもそれほど多くはありません。 そこで、こちらでは快刀乱麻という言葉の意味や由来、使い方などについてご紹介していきます。 快刀乱麻の意味 出典:写真AC 快刀乱麻という言葉の意味は、もつれた糸のように絡まっている難問を、いとも鮮やかに解決してみせるというものです。単純に手際が鮮やかであったり、悩み事がすっきりしたりするだけでなく、眼前にある問題を解決するというプロセスも必要ということです。 快刀というのは切れ味の鋭い刀で、乱麻というのはもつれた麻糸を指しています。こんがらがった麻糸をよく切れる刀で切るという内容が、もつれた問題をすっぱり解決するという意味に転じているのです。 快刀乱麻の由来 出典:写真AC 快刀乱麻という言葉の由来は、中国の故事からきています。元々は「快刀乱麻を断つ」という言葉でしたが、これを省略して快刀乱麻でも同じ意味を持つようになりました。 その内容は、南北朝時代の中国で、北斉の高祖であった高歓という人物が自分の子供の能力を試そうとしたことから始まります。 高歓は、子供たちそれぞれに、もつれてほどけなくなった糸の塊を渡して、元に戻すように言いました。ほとんどの子供たちが糸をほどこうとする中、二男の高洋だけが「乱れたものは斬るべきだ」といって糸の塊を刀で切ったというものです。 父はこの素早い判断力と行動力を褒めました。そして、高洋は後に文宣帝として国を統治し、その能力をいかんなく発揮したということです。 快刀乱麻の例文 出典:写真AC 快刀乱麻という言葉は、目の前のトラブルや問題を鮮やかに解決する様子を表していますので、 「わが社はクライアントの不興を買ってしまい、契約を打ち切られる寸前だった。重役たちもお手上げの中、一人の新入社員が快刀乱麻のごとくこのトラブルを解決してしまった」 などのように、まずトラブルや問題を提示して、それが解決される様子を表す際に用います。また、本来の言い方のように使うこともできます。 例えば、「私たち夫婦は離婚まで秒読みというところまで関係がこじれてしまったが、義母が快刀乱麻を断つが如くに二人の仲を仲裁してくれた」という使い方ができます。 日本人なら知っておきたい国語の知識「国語」の記事一覧 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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国民の休日には、「祝日」、「祭日」、「祝祭日」などといわれますが、どんな違いがあるかご存知ですか。 実は「祭日」や「祝祭日」は俗称で、正しくは「祝日」あるいは「国民の祝日」が正しい呼び方です。 これは、昭和23年(1948)に制定された「国民の祝日関する法律」に定められているもので、現在は「祭日」は存在しません。 また、祝日以外の国の定めた休日は「振替休日」と「国民の休日」がありますが、これも含めて「祝日」と呼ばれることが多くなっています。 この「振替休日」は祝日が日曜と重なったときにそれ以降の最も近い祝日以外の日を休日とするもので、「国民の休日」はその前後が祝日の場合、休日となる日のことです。 祝日を紹介 出典:写真AC 現在、「国民の祝日関する法律」に定められている祝日は以下の通りです。 ・元日(1月1日)年の初めを祝う。 ・成人の日(1月の第2月曜日)大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝います 。 ・建国記念の日(政令で定める日)建国を偲び、国を愛する心を養う。 ・春分の日(3月21日頃)自然を称え、生物慈しむ。 ・昭和の日(4月29日)激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いを馳せる。 ・憲法記念日(5月3日)日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する。 ・みどりの日(5月4日)自然に親しむと共にその恩恵に感謝し、豊かな心を育む。 ・こどもの日(5月5日)子供の人格を重んじ、子供の幸福を図ると共に、母に感謝する。 ・海の日(7月の第3月曜日)海の恩恵に感謝すると共に、海洋国日本の繁栄を願う。 ・山の日(8月11日)山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する。 ・敬老の日(9月の第3月曜日)多年に亘り社会に尽くしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う。 ・秋分の日(9月23日頃)祖先を敬い、亡くなった人々を偲ぶ。 ・体育の日(10月の第2月曜日)スポーツに親しみ、健康な心身を培う。 ・文化の日(11月3日)自由と平和を愛し、文化を勧める。 ・勤労感謝の日(11月23日)勤労を尊び、生産を祝い、国民互いに感謝し合う。 ・天皇誕生日(12月23日)天皇の誕生日を祝う。 (内閣府HPより http://www8.cao.go.jp/chosei/shukujitsu/gaiyou.html) 祭日を紹介 出典:写真AC 祭日は、「国民の祝日関する法律」が昭和23年(1948)に制定されたことによって昭和22年(1947)に廃止されましたが、現在でも祝日となっている日があります。 …
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テレビでも何度も紹介されている人気店で、地元千葉で水揚げされた魚介類をを出し惜しみなく提供してくれる飲食店です。中でも大きなサザエはボリュームがあって、初めて来店したお客さんからは思わず声が上がるほどです。 また、東京湾アクアラインを一望できる店内からの眺めも特筆すべきポイントです。絶好のロケーションで海鮮料理を楽しみたいなら、チェック必至の店となっています。 【参考予算】 ・3,000円前後 【アクセス】 ・巌根駅から徒歩47分 【住所】 ・〒292-0005千葉県木更津市畔戸1416 浜焼き好き必見!千葉の浜焼きのお店② 海鮮浜焼き まるはま 『海鮮浜焼きまるはま』は生しらす、ホタテ貝、ホンビノス貝、殻付き海老、牡蠣のバター焼きなど、豊富な海鮮料理を取り揃えている浜焼き専門店です。 千葉で本場の浜焼きを楽しみたい時には定番の飲食店として知られています。また、ドリンクが飲み放題なのも嬉しいポイントです。 【参考予算】 ・2,000円前後 【アクセス】 ・浜金谷駅から徒歩3分 【住所】 ・〒299-1861 千葉県富津市金谷2288 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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バーテンダーは、あらゆるお酒をミックスさせながら季節感や情緒などを表現し、ステキな時間を提供してくれる職業。見た目が美しく味わってもおいしいお酒は、絶妙な配合テクニックが必要です。 今回は、大人の時間を提供するバーテンダーのなり方や必要な資格、仕事内容、メリット・デメリットなどをご紹介します。 バーテンダーとは Yoko Igarashiさん(@bkkyoko)がシェアした投稿 – 2月 18, 2018 at 7:25午前 PST バーテンダーとは、客との間にバー(カウンター)を設けているお店で、複数のアルコールをシェイカーで調合し提供するお仕事です。男女ともに活躍できる仕事であり、ホテルのラウンジやカクテルバーなどで働く人が多くいます。 バーテンダーの語源 バーテンダーの語源には諸説あります。 まずは、バー(酒場)とフーテン(定職に就かない人)の組み合わせから、バーテンと呼ばれるようになった説です。昔バーテンダーの社会的評価が低かったということが、フーテンという言葉で表されています。 ほかにも、バーとテンダー(相談者・世話人)の組み合わせから、お酒をたしなむ人の心地いい酔いをコントロールする人という意味合いも。テンダーには、優しい止まり木という意味もあり、疲れた人たちが立ち寄れる場所という捉え方もできます。 バーテンダーの仕事内容 バーテンダーの仕事は、バーの中でさまざまなお酒を組み合わせて提供すること。ただ、スナックや居酒屋のように原液をそのまま使用して、ソーダや氷で割るだけといった提供はメインではありません。 ベースになるカクテルの配合を工夫して、数多くのレシピを展開します。オリジナルブレンドや客のイメージ、季節・イベントなどにも合わせて作りあげる機転とテクニックを必要とする技術職です。 目配りや気配り、客が気分良く楽しめる雰囲気作りもバーテンダーの腕の見せどころです。 バーテンダーのやりがい 料理やおもてなしが自分に合っていると感じられるお店は、居心地がいいですよね。バーテンダーのやりがいは、客に五感でお酒を味わってもらい、喜んでもらえる一杯を提供できること。 ・今日の自分をとことん振り返りたい日に ・彼女へのプロポーズに ・元気のない自分を元気付けたいときに このように、客に満足してもらえるカクテルを作れたときにこそ、やりがいを感じるでしょう。満足できれば客はファンになり、リピーターとして足を運びます。それもまたやりがいにつながっていきますね。 バーテンダーになるには バーテンダーになるために欠かせないものは熱意。資格や免許は必要ありませんが、学ぼうとする熱意と行動力が必要です。まずはバーテンダーの専門学校や養成スクールで学ぶか、アルバイトから業界へ入っていきます。 ゆりりりりんさん(@kapiyuribara)がシェアした投稿 …
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出典:写真AC 一般的な製造方法としては次のようになります。 作る前の工程 1.大豆を水洗いし割れ豆や虫食い、異物などを取り除きます。 2.大豆を水に漬け、水分を含んで大きくなった大豆に水を加えながら挽きます。 3.それを釜で加熱し炊き上げます。 4.豆乳とおからに分け絹ごし豆腐専用の型箱に量った豆乳とにがりを勢いよく入れ、 素早く均一になるよう混ぜ合わせ、10分から20分置けば絹ごし豆腐の完成です。 5.1丁のサイズにカットして静かに型箱から出し、水の中に放ちます。 それでは、家庭で絹ごし豆腐を作ってみましょう。 材料 大豆300g 水(ミネラルウォーター)1500ml にがり10ml(マグネシウムが多いもの) 他に計量カップ、ミキサー、すり鉢、大きな鍋、さらし(布)と豆腐用の型枠、ヘラを用意します。 絹ごし豆腐の作る工程 1. 水に大豆を浸します。(夏は半日の12時間ほど、冬は1日24時間ほど) 水を吸って膨らんだ大豆を縦に割り、その表面が平らになっているか見ます。 なっていなければ更に数時間浸します。 2. 大豆をミキサーにかけます。浸していた水も使います。 しっかりすり潰されるまで、数回に分けてミキサーにかけます。 まだキメが粗い場合はすり鉢も使って細かくします。 まだ生なので味見はやめましょう。 3. 鍋で10分ほど煮込みます。焦げないように、泡が吹き零れないように弱火にし、ヘラで鍋の底の方からこまめにかき混ぜます。 火を止めて出た泡をすくって捨てます。 4. さらし布で絞ります。絞り出した汁が豆乳で、絞りかすがおからになります。 …
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神社で参拝する人は多いですが、正しい作法で参拝できている人は、意外と少ないものです。 参道の真ん中を歩いたり、おみくじを神社の樹木に結んだりしていませんか? 神さまにお願いしたいことがあるなら、作法を守ってお願いした方が、神さまにも自分にも気持ちの良いものになります。 神社参拝の作法を憶えておけば、自信をもって神社に出かけられます。 今回は神社を参拝する際の、基本作法と注意点をご紹介します。 神社を参拝する際の基本作法 神社への入り方 出典:ぱくたそ 神社の入り口には鳥居が設けられています。 鳥居とは神域と人間世界を分けている結界のこと。 鳥居から先が神域であることを示します。 鳥居が複数ある場合は、神社の一番外側にある「一の鳥居」から通ります。 「一の鳥居」から歩き始めて、神社に近づくにつれて「二の鳥居」「三の鳥居」となっています。 鳥居を通る時は、一揖(いちゆう)と呼ばれるおじぎをします。 一揖とは、軽く会釈するくらいのおじぎです。 神域は神さまが住んでいる家のようなものです。「神さまのお家にお邪魔させていただく」と考えると、自然に一揖できるかもしれません。 神社を参拝する際の基本作法 手水(ちょうず)の手順 出典:ぱくたそ 神社に正式に参拝する時は、禊や精進潔斎を行います。 現代人の生活では、禊や精進潔斎を行うのは難しいため、手水舎(てみずや)で身を清めます。 1.右手で柄杓を持って、水を汲んで、左手を清めます。 2.柄杓を右手から左手に持ち替えて、右手を清めます。 3.柄杓を左手から右手に持ち替え、左の手に水を受けて、その水で口をすすぎます。 4.口をすすぎ終わったら、もう一度左手をすすぎます。 5.柄杓を立てて、柄杓に残った水で、柄杓の柄をすすぎます。 6.柄杓をもとの位置にもどして終わりです。 手水舎の作法には、外界の汚れを落とすという意味もあります。 これから神さまにお会いするために、気持ちを落ち着けるための場所です。 神社を参拝する際の基本作法 …
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湿度が高く温暖な地域に位置しているアジアの国である日本は、梅雨や秋雨前線の影響で雨が比較的多い国のひとつと言えます。日常生活で雨が降った時には欠かせない雨傘ですが、どのような傘を使用されていますか。コンパクトで場所をとらない折りたたみ傘や、コンビニなどでも気軽に買えるビニール傘から百貨店で購入することができるブランド名が入った傘など、傘とひとつとっても様々なバリーションがあります。 日本製の傘は世界的にも品質が高いことで有名ですが、その中でも戦後間もない頃から長年こだわりの高級傘をつくり続けている老舗ブランドがあります。今回は、雨の日に持って出かけたくなる、雨の日が待ち遠しくなるような、素敵な傘をつくっている前原光榮商店についてご紹介します。 前原光榮商店、傘の歴史となりたち 1947年(昭和23年)に創業した前原光榮商店ですが、読み方は「まえはらこうえいしょうてん」と読みます。省略して前原(まえはら)の傘と呼ぶこともあるようです。東京都の台東区の下町情緒あふれる地域が発祥の地となっており、こだわりの手法でひとつずつ手作りで作られています。 傘をつくる作業には4つの段階があるとされており、それぞれ「生地を織る」「骨を組む」「加工」「手元」となっています。傘という漢字の中には4つの「人」という文字が含まれていますが、これら4段階の工程を行う職人の数と言われており、非常に手間暇のかかる作業となっています。 もともと、日本の傘のクオリティーの高さは世界的にも有名で、特に、折りたたみ傘については日本製の頑丈さは圧倒的です。どのブランドであっても日本製であれば壊れにくく長く使えると評判ですが、さらに丁寧に丹精込めてつくられた前原光榮商店の傘であれば、大切にしながらずっと使用することができます。 また、皇室御用達の傘ブランドとしても有名で、和装洋装どちらの装いに合わせてもエレガントかつ丈夫であることから、雅子妃殿下など皇室の方々にも愛用されています。皇族の方々と同じモデルの傘を選ぶことができるのは御用達ブランドならではの魅力です。 少しお値段は張りますが、メイドインジャパンのクオリティーの高さと、使い勝手の良さの両方を兼ね備えた前原光榮商店の傘を雨の日のお供として、気にいるデザインのものを揃えてみてはいかがでしょうか。 前原光榮商店の傘のバリーエーションと購入場所 前原光榮商店では、通常の雨傘のほかに、紳士と婦人用の折りたたみ傘の取り揃えがあります。また、日傘(パラソル)の取扱もあり、様々なカラーやデザインから選ぶことが可能です。既製品の販売も行っていますがカスタムメイドの傘をつくることも可能です。 オーダーすることで自分だけのオリジナルデザインの傘をつくることもできますが、3ヶ月ほど時間がかかるようです。前原光榮商店が買える場所は、台東区にあるショールームのほか、伊勢丹や大丸、三越や高島屋といった有名百貨店となっています。関西や東海地区のほか、福岡や広島でも前原光榮商店の傘の取扱店舗があります。 長く使うことのできる前原光榮商店の傘 出典:前原光榮商店 通常の傘とは違いひとつずつ丁寧に作られた傘のため、壊れにくいところが特徴のひとつなので、メンテナンスをしながら長く使用することが可能です。もし、壊れてしまった場合にでも前原の傘は、前原光榮商店に直接修理をお願いすることができます。 特に傘の骨や生地、手元などが傷みやすいところとなっていますが、高級品ということもあり、長く使うことができるところが安心です。修理代金は有料ではありますが、購入元で常にメンテナンスを受けながら長く大切に使用することができるというのは素敵ですよね。前原光榮商店の口コミは長く使えるものであるからこそ、あまり多くの口コミはありませんが修理をしながらずっと使っているという人が多いようです。 コンビニで購入できるビニール傘のように使い捨てではなく、ひとつのモノを大事に長く使うという習慣は毎日の暮らしに心地よさを与えてくれます。 日本の技術力の高さと、日常使いできる気軽さ 壊れにくく、とても丈夫で丁寧につくられた前原光榮商店の傘ですが、良いものだからこそ大切にしまっておくのではなくて雨の日に使うものということで、日常的に良さを感じることのできる特殊な製品です。 これからは、簡易的な傘で間に合わせるのではなく、前原光榮商店でデザインや持ち心地など細かい部分にまでこだわって選んだ傘を手に、憂鬱で暗い気持ちになってしまいがちな雨の日を、少しでも明るく過ごしてみてはいかがでしょうか。 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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出典:道後温泉 9月26日オープン!!道後温泉「飛鳥乃湯泉」 愛媛県松山市にある道後温泉。日本最古の温泉と言われる道後温泉に、2017年9月26日に道後温泉別館「飛鳥乃湯泉(あすかのゆ)」がオープンしました。 道後の新しい外湯で、道後温泉本館が2018年秋以降、耐震工事に入り営業を縮小するため、新たな観光スポット、温泉線施設として誕生したのです。今回はこの道後の「飛鳥乃湯泉」についてご紹介いたします。 日本最古の温泉が閉鎖?愛媛の道後温泉本館、改修工事の最新情報 ↑道後温泉本館の改修工事については以前にご紹介しております。道後温泉の歴史にも触れておりますので、まず上記の記事を読んで頂くのがおすすめです! 飛鳥乃湯泉のコンセプト 飛鳥乃湯泉は、宿泊を伴わない道後温泉の新しい外湯、立ち寄り湯として「新湯」と呼ぶそうです。ちなみに道後温泉本館が「神湯」道後温泉椿の湯が「親湯」。 建物のコンセプトは、日本最古の温泉にふさわしく飛鳥時代の建築様式を取り入れた湯屋。道後温泉に聖徳太子が滞在したという伝説や、斉明天皇が行幸したという伝説に基づいています。 また「感性を刺激して新たな温泉文化を発信」する温泉施設というコンセプトもあり、施設内はさまざまな「愛媛県の伝統工芸」と「最先端のアート」をコラボした作品で演出されています。 飛鳥乃湯泉の外観 外観は飛鳥時代の様式を模しており、壁は白で柱などは朱塗り。瓦は愛媛の今治市の「菊間瓦」が使われています。屋根の上には金色の「鴟尾(しび)」。鴟尾とは、魚が水面から飛び上がり尾を上に出したすがたを具現化したもので、火除けの意味があります。また屋根の上には道後温泉本館と同じく塔屋があり「白鷺」が飾られています。 飛鳥乃湯泉の内装・館内施設 エントランス 出典:道後温泉 エントランスは「太古の道後への入口」というコンセプトで作られています。空気を浄化する「ゼオライト和紙」を使い「山門」をイメージしたシェードで装飾。手すき和紙の本場内子町五十崎で、和紙を使った作品で活躍する佐藤友佳理さんが制作しました。 紙縒り(こより)を手作業で編み込み、ゼオライトと楮(こうぞ)を混ぜた水をすき込んで繊細なシェードを創り上げています。案内の方は左右の光る柱と合わせて見ると「鳥居みたいに見えるでしょう」と言われていました。 エントランス奥、2階に上がる階段のところには、古代建築の修復に欠かせない「和釘」を使った巨大な「湯玉」を描いた木製壁画があります。薬師寺などの修復を手掛けた、松山市の和釘職人、白鷹幸泊さんと白鷹興光さんが制作しています。 階段を登ると目に入るこちらの銘板は、法隆寺の大野玄妙館長に書いていただいたそうです。正岡子規の「柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺」の句や聖徳太子が法隆寺を建てたというご縁から依頼したそうです。 飛鳥乃湯泉の大浴場 道後温泉本館にない露天風呂完備 浴場は道後温泉本館と同じく、加水も加温もしていない源泉かけ流し。本館にはない露天風呂もあります。 大浴場の壁は砥部焼の巨大壁画があり、30cm四方の陶板162枚を使って壁画を作っています。道後温泉にまつわる和歌の風景で、朝夕の移ろいがプロジェクションマッピングされるなど非常に凝っています。 また露天風呂の壁には生産量全国2位の檜生産を誇る愛媛県の「媛ひのき」で作った「デコラパネル」で装飾されています。パネルの表面がとても美しいです。 二階大広間 二階大広間は休憩室になっていて約60畳あります。浴衣を貸してくれて、入浴の後はお茶とお菓子でもてなしてもらえます。 国指定の伝統工芸品の「大洲和紙」とギルティング(金属箔)の融合でできた「ギルディング和紙」が天吊シェードとランプシェードに使われています。 お菓子はこんな感じでとってもかわいいですね。亀井製菓の「道後つばき花餅」です。 行灯照明は松山の伊予竹細工。聖徳太子が編み方を伝授したと言われる竹細工の「やちゃら編み」が使われています。 特別室・家族風呂 2室の特別浴室は、道後温泉本館の皇室専用浴室「又新殿」を再現していて、昔の浴衣(よくい)の「湯張(ゆちょう)」を着ての入浴体験もできます。特別浴室は予約が可能。また道後温泉の伝説にちなみ、それぞれデザインが違い伝統工芸品アートで趣向を凝らした、休憩用個室5室もあります。 …