泡盛は、15世紀頃タイから琉球へ伝わったとされる最古の蒸留酒と言われています。 原料には米が使われ、発酵・蒸留して製造されるお酒で、500年以上の歴史を持っている蒸留酒です。 他の種類のお酒と違って、経過日数や温度による劣化が少なく、開栓後常温で置かれていても腐敗の心配は入りません。 現在沖縄県内には沢山の泡盛酒造所がありますが、麹や発酵工程、蒸留方法、ろ過、割水の味の違いなどにより泡盛の個性を出しています。 度数は25度といった比較的低いものから、40度と高いものまであり、大変多くの種類が出回っています。 このように泡盛と言っても様々な個性があり、これを楽しむためには「飲み方」の工夫も欠かせません。 水やお湯、氷を使って泡盛を割る飲み方や、グイっとのど越しを楽しむ飲み方、少しずつ嗜む飲み方をするかで、泡盛の味わいは大きく変わってきます。工夫次第で泡盛は色々な表情を見せてくれるのです。 また、泡盛はその独特な旨味・香りが魅力として嗜む方も多くいますが、他のお酒には無いメリット点も注目されています。 泡盛は、製造工程の1つ蒸留の際に、米麹に含まれる炭水化物などの成分が一切蒸発しません。そのため採取されたアルコール分に一切糖質・糖類が含まれないという特徴を持ちます。 その特徴から、糖質ゼロ・低カロリーなお酒として女性を始め生活習慣病を気にしている方々にも愛飲者が多くみられます。 また、お酒として味わう以外に泡盛の独特な風味・旨味を活かして、沖縄料理の調味料として、料理酒としても多く利用されています。 【泡盛の原料】 一般的に泡盛の原料に使われる米はタイ米で、日本産の米ではありません。日本産の米はどうしても粘り気が強く、麹菌が働きにくいという特徴があるためです。 泡盛の中でも一部の銘柄を除き、使用されている米はインディカ種のタイ米と言われていますが、大正時代の末期からタイ米が輸入されるようになり定着したと言われています。 それ以前の明治時代からすでに外国産の米を使って泡盛を作ることが伝統となっており、泡盛独特の味わいや香りを作り出しています。 タイ米が使用される理由 は硬質米で黒麹菌との相性がよく作業がしやすく、アルコール発酵する際の温度管理がしやすい点と他のお米を使用するより収穫できるアルコール量が多い点が挙げられます。 【泡盛の作り方】 1.原料のタイ米を黒麹菌で米麹にする(約40時間) 2.米麹に水と泡盛酵母を加え、もろみにする(約13日) 3.2週間ほど寝かせアルコール発酵させる 4.発酵したもろみを蒸留(約2~3時間) 5.熟成させて泡盛の完成(熟成期間:最低3ヶ月、古酒の場合は3年以上) おすすめの泡盛7種と美味しい飲み方を紹介|初心者も楽しめる沖縄の酒 泡盛の古酒(クース)を紹介|飲み方/作り方/定義/最古の古酒など この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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ガラス細工は世界中さまざまな人に愛される、歴史の深い伝統工芸です。日本もガラスの技術が伝えられて以降、工芸品としての美しさと技術力を高め、独自の世界をますます発展させてきました。そんなガラス細工は既製品を買って楽しむだけでなく、全国の工房で制作することもできます。ここでは、ガラス細工の世界の魅力を紹介します。 ガラス細工とは https://www.photo-ac.com/ ガラス細工とは、ガラスを使った工芸品のことを指します。日本だけでなく世界中で長い歴史を持つ伝統工芸品の1つです。 日本では弥生時代からガラスが使われていたのではないかと伝えられています。縄文時代の土を用いた工芸品から弥生時代になり、ガラスを用いた工芸品が発掘されるようになったからです。宗教的な行事に多く用いられるようになったガラスは、仏教やキリスト教とも深い関係があります。 外国からの宣教師が頻繁に訪れた戦国時代(室町時代)には、特に多くのガラス製品が残されています。その後、海外からガラス製品が流入したことによって一度は衰退した日本のガラスですが、現代ではその繊細なつくりと丈夫な構造から、世界中で人気を集めています。 ガラス細工の種類その1:吹きガラス 吹きガラスとは、その名のとおり、金属の筒の先端に熱したガラスの塊を付けて反対側から息を吹き込み、ガラスを膨らませて形を作る手法の1つです。吹きガラスの誕生は、なんと紀元前1世紀頃の古代ローマ時代と言われています。 その手法は当時から変わらないまま、現代に伝えられています。日本では風鈴を作る時に用いられる手法として知られています。息を吹き付ける力の加減によって、風鈴の音色やガラスの色合いが変わることから、繊細な作業が要求されます。 吹きガラスを用いた風鈴が日本に伝わったのは江戸時代でした。海外から伝わった吹きガラスの形は分厚く、透明ではなかったため、当時の職人たちは美しい音色を生む薄く透明なガラスの製造に情熱を込めていました。窯の進化や技術の進歩を経て、現在の薄く透明で凛とした音を奏でる風鈴が生まれたのです。 ガラス細工の種類その2:ステンドグラス https://www.photo-ac.com/ ステンドグラスは、キリスト教の教会の装飾の為に生まれた、ガラス工芸の1つです。ステンドグラスは、見た目の通り、何枚ものガラスの破片を鉛で繋げることによって作られています。美しいガラスの色付けには、酸化金属と顔料が使用されています。 太陽の光を透けるように映し出す繊細なステンドグラスは、文字の読めない市民が神の存在を感じるツールの1つとして生まれ、今も多くの教会の窓辺を飾っています。世界最古のステンドグラスには、キリスト像が描かれています。 日本でステンドグラスの存在が知られるようになったのは明治時代でした。当時の日本の職人たちは海外からの目新しい技術をいち早く取り入れるために多くの西洋文化の技術を学んでおり、その一つとしてステンドグラスの製造も行われるようになったのです。現在ではホテルや駅、図書館など、街の至る所で美しいステンドグラスを見ることができます。 ガラス細工の種類その3:トンボ玉 https://www.photo-ac.com/ トンボ玉は、古代メソポタミアやエジプトで装飾品として作られていたものです。日本には奈良時代に製造方法が伝えられ、仏教の装飾品として用いられていました。トンボ玉の手法は、巻き付け、ロール、ホットキャスト、パート・ド・ヴェール、型押し、管引き、研磨など、多くの方法があります。 伝統的なものから近代的なものまで、それぞれの手法に歴史があります。ガラスを熱して棒に巻きつけ、トンボ玉の特徴ともいえる空洞を作る手法が、最もポピュラーなものとして広まっています。トンボ玉という名前は、丸いガラスに色付けした姿がトンボの美しい目に色に似ていることから付けられました。 ガラス細工の種類その4:切子 https://www.photo-ac.com/ 切子とは日本独自のガラス工芸品の手法で、江戸時代末期に誕生しています。江戸時代に生まれた切子は、透明な鉛のガラスに金剛砂を用いて、ガラスの表面に彫刻で模様を施して作られていました。 その後、海外の手法が取り入れられた薩摩切子が誕生し、江戸切子にも薩摩切子の手法である色被せガラスを融合させるなどして、切子の技術は発展していきました。現在では、日本の伝統工芸品の一つとして認定されています。 ガラス細工が有名な観光地その1:小樽 出典:浅原硝子製造所 可愛らしいレトロな雰囲気漂うガラス細工で有名な北海道の小樽。明治から昭和にかけて漁業が盛んだった小樽では、ニシン漁に使うために多くのガラスが使われたことで、鑑賞用や工芸品としてガラス細工の技術が発展しました。 現在の小樽でも当時のニシン漁に使われていたガラス細工を見ることができます。また、ガラス細工を作ることができる体験ワークショップやガラス細工の歴史を収めた美術館などで、ガラスの魅力を楽しむこともできます。 ガラス細工が有名な観光地その2:琉球ガラス https://www.photo-ac.com/ 沖縄には、明治時代にガラスの技術が伝えられたと考えられています。琉球ガラスの特徴は、何と言ってもそのカラフルな色合いです。廃棄されたビンなどを再利用して作られた琉球ガラスは、戦後アメリカ軍基地から出るガラスを再利用するようになったことで、より大きく発展しました。 …
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「窓の外を見てごらん。狐の嫁入りだよ。」こんな言葉を聞いたことはあるでしょうか。さて、窓の外はどんな光景が広がっているでしょう。 狐の嫁入りの意味 出典:写真AC 狐の嫁入りには、2つの意味があります。 1つは、太陽が照っているのに雨が降ること。いわゆるお天気雨です。先に挙げた会話では、この意味で用いています。 2つは、夜間に無数の怪火が行列のように並ぶ現象を差します。山間などの明かりがあるはずのない場所を、まるで花嫁行列の提灯が行くかのような不可思議な光景を、昔の人は「狐が嫁入りしている」と考えました。 ちなみに、この現象は『眉唾』という言葉とも深く関わっています。眉に唾を塗っておけば、狐に化かされることはないと言われています。狐の嫁入りに遭遇したとき、眉に唾を塗れば、真実の狐の姿が見えるというわけです。 狐の嫁入りという言葉が使われるのは、関東以西の本州、四国、九州地方です。初めは、怪現象として2つ目の意味で用いられました。その後、同じく不可思議なことのたとえとして、1つ目の意味で使われるようになったとみられます。現在では、迷信めいた2つ目の意味は薄れ、1つ目の意味が一般的になっています。 狐の嫁入りの由来 出典:写真AC 昔の人は、説明のつかないこと、不思議なことがあると、人を化かす狐と関連付けて考えました。人を化かすというと悪いイメージに聞こえますが、1つ目の意味であるお天気雨は、豊作の吉兆と言われます。狐は、稲荷神社の使いでもあります。稲荷とは『稲生り』、すなわち農業に関わる神様です。 また、狐は人にとって身近な存在でした。狐は一夫一婦制で、決まったペアで毎年子どもを育てます。特定の家族を持っているように見えるその姿を、昔の人はよく知っていました。狐は人によく似た暮らしをしている生き物であるので、嫁入り行列をしているという発想が生まれたのです。人の暮らしの傍で生き、親しみがあるからこそ、狐に関わる言葉が根付いたのです。 狐の嫁入りを使う場面 それでは、狐の嫁入りを実際の会話で使ってみましょう。現代では1つ目の意味で用いることがほとんどでしょう。 ・「雨が降ってきたけれど、狐の嫁入りだからすぐ止みそうだよ。」 ・「あっ、狐の嫁入りだ! 洗濯物を干したままだ。どうしよう。」 このように、天気雨を言い換えるだけで、特別な感じがします。明るい空のもと、ぱらりぱらりと雨が降る様子は美しいものです。 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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のどぐろとは、日本海沿岸で獲れる高級魚です。関東地方では赤むつと呼ばれることが多い白身の魚ですが、脂が多く乗っており、旬の時期はトロのように濃い味になります。養殖はほとんどなく、天然もので条件によって水揚げ量が大きく変化するため、特に旬の需要が高い時期のものは希少価値が高くなっています。 サイズが小さいものは比較的入手し易いですが、大きさに比例して脂の乗りも増えてくるため、食べ応えのある大きさののどぐろになると一匹3,000円前後で取引されます。都心部の高級料亭では、仕入れや輸送にコストがかかることもあり、1万円を超えるものもあります。 のどぐろの旬の時期 出典:写真AC のどぐろの旬は、秋から冬にかけて気温が下がっていく時期です。一方で、地域によっては子供ができる8~9月頃が旬になっていることもあります。のどぐろは一年中獲れるものの、夏場は大きめのサイズでも身がパサパサしており、味があっさりしていて旬の時期とは全く異なります。 あまりこってりした魚は好きでないという場合には、白身本来の味を楽しめる旬を外した時期ののどぐろを選ぶのも良いでしょう。旬の時期以外ののどぐろは、金額も比較的落ち着いています。 のどぐろが取れる地域 出典:写真AC のどぐろは、基本的に日本海沿岸ならばどこでも獲れます。ただし、のどぐろが生息している海の状態によって味や水揚げ量は全く異なっています。国内でも有数の、のどぐろが獲れる地域といえば、島根県浜田市です。 浜田漁港は全国でも13しかない特定第3種漁港の一つで、カレイやアナゴ、さわら、アジなどは上位5位以内の漁獲高を誇っています。プランクトンが豊富でしっかり太っているのどぐろは甘みがあり、特に旬の時期には脂がたっぷりのったのどぐろが食べられます。 干物の加工も盛んで、全国に発送されています。また、石川県も69の漁港があり、マイワシやマアジ、するめいかなどの水揚げ量が多い地域です。旬の時期ののどぐろは脂の乗りが良く、安定して多くの水揚げ量を誇ります。 新潟県は漁獲量が変動しやすいものの、旬の時期が8~9月と他の地域より早めになっているため、一般的な旬よりも早く美味しいのどぐろが食べたい時におすすめです。 のどぐろの味の特徴 出典:写真AC のどぐろは、見た目は赤いですが白身魚です。しかし、一般的に想像されるような淡白な白身魚の味ではなく、旬の時期には切っただけで皮から滲み出るほどの脂が乗っています。肉質は柔らかく、噛んだ時に甘い脂が口中に広がるところから、白身のトロと評されています。 刺身でものどぐろの美味しさを堪能できますが、煮魚にするとこってりした味付けが脂の多い肉質に染み込んで、程よい味わいになります。また、焼き魚にすると脂の乗った皮が香ばしくなり、柔らかいままの肉質からは脂がしみ出して、一度食べたら忘れられない味になります。 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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平安時代といえば宮廷文化が栄え、紫式部の『源氏物語』や清少納言の『枕草子』などの女流文学も登場するなど実に煌びやかなイメージがあります。 その平安時代の煌びやかなイメージを担うものとしてよく思い浮かべられるのが十二単ではないでしょうか? まず十二単という名称、実はこの名称は正しいものではありません。 一般的に十二単と呼ばれていますが、正しくは「五衣唐衣裳(いつつぎぬからぎぬも)」といいます。 ではなぜ十二単という名称が浸透してしまったのかといいますと、『源平盛衰記』の文中に十二単という記述がありそれが誤った解釈で広まってしまったのが原因だとされています。 十二単の歴史、どんな人が着ていたの? 出典:写真AC 十二単は平安時代中期に貴族の女性が着ていた装束のことで主に宮廷で働く女性の正装として着られていました。また十二単を着るときというのは決まっており、天皇の御前への伺候をする際や祝い事などの際に着用していました。 現在、十二単は天皇がご即位される際や、紫宸殿の儀など皇族の晴れの日に着用されています。十二単は、非常に長い歴史を持ち、現代へと引き継がれてきた日本の伝統衣装なのです。 十二単はすごく重い! 十二単は、見るからに重そうですが、はたしてどれくらいの重さがあると思いますか? 十二単の重さは、およそ二十キロもあったようです。 また十二単はこれだけの重量になるほど着こんでいただけあり、暑さも相当なものでした。平安時代の宮廷に仕える女性たちは、さの厳しい冬の時期に防寒着としても重用されていたという説もあります。 実は12枚ではない?十二単の構造 出典:写真AC 十二単の構造は上から唐衣・表着・打衣・五衣・単・長袴・裳となっています。着こんでいる枚数は唐衣一枚に表着一枚、打衣一枚、五衣五枚の計八枚となっています。それでは十二単を構成している衣についてそれぞれ紹介していきましょう。 唐衣は公家の男性の正装にあたる束帯と同様女性の第一正装とされていました。 そして唐衣という名前ですが唐の衣装を模倣して作られたことからきています。また唐衣は文様が施されていたため見るも鮮やかな衣装でもありました。表着は打衣や五衣同様袿ですが袿の中で一番上に着るものであったため表着という名前がついています。 打衣は衣にハリや光沢を出すために、砧台の上に衣を置いて杵で叩く、砧打ちという加工をしていたことからこの名がついています。 しかし時代に変遷に伴って、砧打ちは行われなくなり、代わりに板引が行われるようになりました。打衣は江戸時代になると簡略化して着る機会が減りました、しかし小袿の下には着られていたようです。 五衣は袿を五枚重ねて着ることから名前がついています。五衣はグラデーションの美しさに重点を置いていたようで、十二世紀以前には五枚ではなく十数枚も重ねていたようです。単は裏地のない衣のことで、色は特に決まりはありませんでしたが、模様は菱のみとなっていました。 長袴は筒状の形をしていて、裾が長いため後ろに引いていました。裳は目上の人にお会いするときには、必ず身につけなくてはならないものであり、十二単の中でも重要な役割をはたしていました。 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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出典:Pixabay 現在のアニメーターは、食べていくのにはやや難しい仕事であることは否定できないといえますが、人手不足が顕在化してきた昨今では、新人育成や待遇改善に取り組む会社が増えてきており、将来的には改善に向かうと考えられます。 キャリアのステップとして、新人のうちの主な業務は原画と原画をつなぐ「動画」を書くことです。動画をしっかり書けるようになると、原画を任されるようになり、さらに、実力が認められれば「作画監督」という、絵の品質を統一する仕事を任されることもあります。 本人の適性や職場の状況、希望によっては、演出家や制作進行など、アニメを書く以外の制作工程に移ることもあるでしょう。 アニメーターになるには? アニメーターになるには、画力などの実践的なスキルが必要ですが、学歴や資格等は必要ありません。学校に通いスキルを身に着ける人ももちろん多くいますが、独学で学び、制作会社の門をたたく人も少なくありません。 デッサン力や画面構成力など、アニメーターに求められるスキルをいかに身に着けるかが重要といえるでしょう。 アニメーターを育成する学校とは 出典:Pixabay 学校などで学んでからアニメーターを目指す場合、専門学校や大学で学ぶルートが考えられます。 専門学校では、アニメーション系の専門学校があり、「アニメーション科」「アニメーション映像科」などの学科でアニメーションを学ぶことができます。 多くの学校は2年制となりますが、「専科」では一年間で学ぶことができ、中には4年間かけてしっかりと学べる学校もあり、学費は、一年間で100~150万円程度が相場になります。 近年では、アニメーションを学べる大学も増えています。 芸術大学などのアニメーション学科やコースで学ぶことができ、4年間かけて体系的に学習します。アニメーションの勉強だけでなく、社会人としての教養やキャリアなどについても学ぶことができる特徴があります。 大学の中には、経済学部などのビジネス系の学部にアニメ系のコースを設置している大学もあり、コンテンツ生産を商業的な観点から学ぶことができます。 アニメーターになりたい方へ アニメーターの仕事は、実力社会です。アニメーターになるための学校もありますが、学歴などはそれほど重要ではなく、必要とされる絵をどれだけ大量に書けるかという視点が重要となります。 時に激務となることも予想されますが、アニメーターとしてどのように生きていくのかをしっかり考えて、「それでもアニメーターになりたい」という情熱があれば、門を叩いてみるのもいいですね。 未経験でもできる!アニメーター1日体験 大人の職場体験予約サイト「ココロミル」では、アニメ制作会社のスタジオアドが提供するアニメーターの職場体験を実施しています。 原画と動画を書いて、それに色を付けて仕上げ、実際に動かすところまで、一通りの業務を体験することができます。初心者でも、代表の加藤さんが丁寧に教えてくれるので安心です。 スタジオアドは、前職や年齢に関係なくアニメーターを目指している方を受け入れていて、人材発掘や育成、技術継承に力を入れています。 実際にアニメーターとして働いている人の生の声を貴重な機会。ぜひ体験してみてくださいね! あなたの描いた絵が動き出す!アニメーター一日体験 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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「私はあの人のことをよく知っているが、遊び歩いたり羽目を外したりすることもなく、本当に品行方正な人だ」というときなどに用いられる、「品行方正」という言葉をご存知でしょうか。 品行方正という言葉自体はよく耳にすることも多いですが、一般的によく知られていることもあり、逆に改めて正しい意味を調べる機会が少ない言葉であるとも言えます。 そこで、普段よく聞くことがある品行方正という言葉の正確な意味や由来、使い方などについてご紹介していきます。 品行方正の意味 出典:写真AC 品行方正という言葉の意味は「心や行動がきちんとしていて礼儀正しいこと」「道義的にも正しく模範的なこと」です。単に行儀が良いことを品行方正という人もいますが、「品行」というのは、道徳的な意味での行いを指しており、「方正」というのは正しく、きちんとしているさまを指しています。 マナーがきちんとしている人でも、道徳的に反しているような場合には、使うことができません。品行方正という言葉は、行動と心の正しさ、共に備わっている場合に初めて使うことができるものなのです。 品行方正の由来 品行方正という言葉は、そのままの語で由来となっているものは見つかりません。ただし、意味を同じくする「身行方正」という言葉があり、こちらが日本で形を変えて品行方正という言葉になったのではないかと考えられています。 身行方正という言葉の由来は、中国の春秋時代の「管子」という書物であると言われています。この書物は、当時の政治家であった管仲という人物の思想をまとめたものですが、その中に「身行(みずから行うこと)方正」という言葉が用いられています。 品行方正の例文 出典:写真AC 品行方正という言葉は、誰もが認める、道徳的に正しいことをしている様子に対して用いられます。そのため、「私の上司は部下にも分け隔てなく優しく、困っている人がいれば進んで手を差し伸べる人だ。その上、誰に対しても気遣いがしっかりしており、まさに品行方正で理想的な人だ」などのように用います。 一方で、近年ではこのように道徳的に優れている人を「まじめすぎる」と堅苦しく感じる風潮もあるため、時には品行方正という言葉を、素直に称賛する意味で使わないことがあります。 例えば、「あそこの家の子供は遊びに誘っても全く付き合おうとしないし、勉強ばかりで、本当に品行方正なお坊ちゃまだ」という使い方をすることがありますが、この場では行いの正しさを褒めるというよりは、からかいも気持ちを込めて用いています。 日本人なら知っておきたい国語の知識「国語」の記事一覧 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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出典:写真AC 子供の日にこいのぼりを飾る様子は毎年の風物詩になっていますが、このような行事が広まったのは江戸時代になってからです。当時は端午の節句になると、金太郎や武者、鯉の絵などが描かれた武者のぼりを掲げていました。 元々、鯉は中国では立身出世の象徴とされており、流れに逆らって滝に登り、見事に龍になったという故事もあります。日本でも鯉の生命力の強さにあやかって、武者絵の一つとして鯉の滝登りの図案がありました。 江戸時代の中期になると、武者のぼりの付属品である小旗に鯉が描かれるようになり、明治時代以降になってからは、これが独立して現在のこいのぼりになったといわれています。姿かたちは変化しても、子供の健康や立身出世を願ってお祝いしたという点では現在と違いはありません。 こいのぼりの色ごとの意味 出典:写真AC こいのぼりには、複数の色があります。一般的には、黒、赤、青の3匹が泳いでいますが、このうち、黒の真鯉は父親を指しています。江戸時代には、黒いこいのぼり1匹だけが泳いでおり、これが子供を表していました。 しかし、明治時代には緋鯉が入り、真鯉が父親という扱いになったのです。緋鯉もまた、明治時代に真鯉と2匹で並んでいた当時は子供を表していました。その後、昭和になってから青いこいのぼりが追加されると、赤が女性らしい色ということもあり、母親という扱いになったのです。 真鯉や緋鯉が立場を変えているのに対し、青いこいのぼりは、一貫して子供を表しています。 こいのぼりの「矢車」の意味 出典:写真AC 矢車というのは、こいのぼりの棒の先にある、風でからからと音を立てて回る部品です。 輪の内部には矢の形をした棒が入っていますが、矢は古来より邪気を払い、幸運を招くものと考えられてきました。矢車をこいのぼりにつけることで、子供が幸せになるようにという願いが込められているとともに、回るときに出る音で、神々に子供の存在を知らせ、守ってもらいたいという意図もあったのです。 さらに、矢が風邪で回ることによって、どこから悪鬼や災いがやってきたとしても、すぐに射ることができるという意味も込められています。 こいのぼりの「吹き流し」の意味 出典:写真AC こいのぼりの上には、細長い布が無数にたなびく吹き流しがついています。この吹き流しは、元々戦国時代から幟につけられていました。 戦が頻繁に起こる戦国時代には、災いがこれ以上来ないようにという願いを込めて、魔よけの意味で吹き流しをつけていたのです。こいのぼりにも災い除けの目的でつけていますが、さらに派手な色合いで神様の注意をひき、子供が生まれたことを奉告するとともに、守ってもらえるようにという願いも込められています。 吹き流しは5色で構成されていますが、これは古代中国の陰陽五行説から採用されており、木を意味する青、火を意味する赤、土を意味する黄色、金を意味する白、水を意味する黒を使っています。 次のページでは、こいのぼりで有名な町を紹介します。 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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九州で有名なお酒といえば芋焼酎ですが、皆さんも一度は飲んだことがあるのではないでしょうか?香りが強く、好みが分かれる味ですが、飲みやすいものから味わい深いものまで、様々な芋焼酎が販売されています。 今回は、粋編集部が選ぶオススメ芋焼酎を紹介します。 女性にも人気沸騰中の芋焼酎とは 出典:フォト蔵 芋焼酎は、サツマイモを原料として造られた焼酎です。 主に鹿児島県や宮崎県の蔵元で造られていて、なかでも「薩摩焼酎」はWTO世界貿易機関の協定に基づく産地指定を受け、世界的なブランドとなっています。 焼酎には、ほかにも米や麦などを原料としたものがありますが、芋焼酎はサツマイモ特有の濃い香りと味わいが大きな特徴です。あっさりとした飲みやすい麦焼酎にくらべると、かなり好みの分かれる焼酎でもありました。 しかし、近年では原料や製法に工夫をくわえ、よりクセの少ない口当たりのよい製品が数多く作られています。その後の本格焼酎ブームなども手伝って、現在ではほとんど需要がなかった若い女性たちの間でも人気のお酒となっています。 芋焼酎はどうやって作られる? 芋焼酎はまず、製麹からお酒づくりを行います。 麹にもさまざまな原料が用いられますが、その多くは米麹です。蒸した米に麹を付着させ、適度な温度と湿度で数日間かけて培養し、そうしてできた麹に、酵母と水を混ぜて1週間ほど置きます。 この一次仕込みによって、酒造に必要な酵母を増やすとともに、腐敗を防ぐクエン酸も生成することができます。これに原料のサツマイモをくわえ、もろみを造るのが二次仕込みです。 サツマイモは傷みやすいので、前日か当日に収穫したものを用います。 端の部分などをカットして洗浄、蒸した芋を粉砕機でつぶし、もろみを2週間ほど発酵させたら、次は蒸留を行います。蒸留器の蒸気で沸騰させ、アルコールの蒸気を集めて冷やし、タンクや甕で貯蔵します。こうして熟成させることで焼酎の質を安定させ、味わいもまろやかになります。 出荷前にはアルコール度数を調整する割水をくわえ、瓶詰めを行って商品とします。 一次仕込 蒸した米に麹を付着させ、適度な温度と湿度で数日間かけて培養(麹完成)→麹・酵母・水を混ぜて1週間ほど置く。 二次仕込 一次仕込で酒造に必要な酵母を増やすとともに、腐敗を防ぐクエン酸も生成し、サツマイモを加えもろみを造る。 蒸留 蒸留器の蒸気で沸騰させ、アルコールの蒸気を集めて冷やし、タンクや甕で貯蔵。 おすすめ芋焼酎①赤霧島 まるでワインのような味わいの一本 赤霧島は、宮崎県都城市の霧島酒造が造るおすすめの芋焼酎です。 原料に用いられているムラサキマサリには、豊富なポリフェノールがふくまれています。このポリフェノールが麹の生成するクエン酸と反応すると、もろみが真っ赤に染まります。赤霧島という銘柄は、ここから名付けられました。 芋焼酎とは思えない、まろやかで上品なワインのような味わいが特徴。飲んだ後も、しばらく余韻を楽しむことができます。ワインのようにすっきりとしているので、いろいろな料理に合わせるのもおすすめです。 原料のムラサキマサリは「幻の紫芋」といわれ、赤霧島も平成15年の発売当時はとても手に入りにくい銘柄となっていました。 しかし、現在では供給量も安定。スーパーでも簡単に購入できるようになっています。価格もお手頃で、おすすめ芋焼酎のなかでもトップクラスの人気をほこっています。 おすすめ芋焼酎②白霧島 麹からサツマイモを使用したすべてサツマイモの芋焼酎 …
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日常を離れて聖地を巡る旅を巡礼といいますが、古くより人をときめかせるもののようです。古今東西、様々な宗教において聖地巡礼がおこなわれており、エルサレムやメッカ、ブッダガヤは有名です。日本でも、古くから巡礼は盛んにおこなわれました。 日本の巡礼は仏教および民間信仰に基づくものですが、西国三十三所、熊野詣、お伊勢参り、富士講など、全国各地に見られます。日本の巡礼の中でも、弘法大師空海の足跡を辿る四国八十八箇所参りは、巡礼先である札所が四国全域にまたがるため、規模が非常に大きいものです。 「お遍路」という別称がついているのは、ここ四国の巡礼だけです。お遍路は、もちろん宗教的儀式でもありますが、同時に世俗化された旅の楽しみもあります。かつてはもちろん、徒歩で札所を巡る「歩き遍路」が主であったわけですが、現代では、札所をバスで巡るツアーなども盛んです。 そしてお遍路の人気は、その懐の広さにもあります。目的も人それぞれですし、札所巡りの順序も設定されてはいますが、巡り方も自由です。そして、服装も自由ですが、あえて巡礼装束に身を包む人が多いです。 四国のお遍路の歴史 出典:写真AC お遍路の歴史は不明なところが多いものの、弘法大師の出生は讃岐であり、そして四国全土で修行したこともあって、四国は弘法大師信仰において古くから、重要な地位を占めていたことが知られています。いずれにせよ、霊場としての長い歴史があり、江戸時代には現在の四国八十八箇所がほぼ確立したようです。 信仰上は、四国八十八箇所の札所は弘法大師が開創したとされていますが、さすがにこれはフィクションです。全国の巡礼で唯一、お遍路と呼ばれ、別格の扱いを受けているのには理由があって、かつての四国のお遍路は、他所に比べてその真剣度が非常に高かったのです。 病気を抱え、また故郷を追放された疎外感を抱きながらの、祈りの旅もここには多く見られました。交通機関が発達し、バスツアーで気軽に札所を廻れるようになった現代でも、かつての片鱗はなお残っています。 願いを込めて廻る、四国のお遍路 四国のお遍路は、特定の目的を持ってしなければならないものではなく、各人それぞれが願いを込めて廻ればよいのです。健康祈願、開運、縁結びや厄払いなどなんでも構いません。 最近では、四国のパワースポット巡りという人もいますが、それもよいのではないでしょうか。ただしどんな目的でも、弘法大師と一緒に巡るのだということは意識したいものです。 お遍路の巡礼者が被る菅笠には「同行二人」と書かれているのですが、二人とは、巡礼者と弘法大師のことです。弘法大師がいつも見守ってくれているのが四国のお遍路です。 白衣に脚絆、四国のお遍路の伝統スタイル 出典:写真AC 四国のお遍路は長旅ですので、動きやすい自由な服装でも、もちろん構いません。しかし、統一したスタイルで廻る人が多いです。白装束に菅笠をかぶり、輪袈裟をまとい手甲脚絆を身に着け、混合杖をついて廻るのが四国のお遍路ならではです。 さらに持鈴をぶら下げ、チリンチリンと音を鳴らすことで、煩悩を払いのけながら廻ります。装束等は、四国のお店も多く簡単に購入できます。 丹沢・大山の観光地9選|関東の霊山で寺社や自然、お菓子を楽しめるスポット ジョブズもしていた「座禅」を関東で体験できるお寺 【神社や仏閣に漂う雰囲気】「厳か」の意味や成り立ちを紹介 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう