猫を使った慣用句やことわざというと、どのような言葉が思い浮かびますか。 おそらく、浮かんだ言葉はひとつやふたつではないはずです。その多くは、実際に日常的によく使うものばかりだと思います。
他にも、「猫舌」や「猫背」など、猫は私たちの身近なところで様々な例えに用いられている動物です。 猫を用いた言葉は100以上あるともいわれ、同じ身近な動物の犬とくらべてもかなり多くなっています。
いったい、なぜ私たちはこれほど猫を慣用句やことわざに用いるのでしょうか。
猫の慣用句やことわざが多いのはなぜ?
出典:写真AC
日本人にとって、猫は古くからなじみ深い動物のひとつでした。 すでに弥生時代の遺跡からは遺骨が見つかり、奈良時代になると中国から経典を運ぶ際に、ネズミ対策として多くの猫が国内に入ってきました。
愛玩動物として飼われるようになったのは、平安時代のころからです。宇多天皇をはじめ、多くの貴族の間で愛されていたことが文献に記録されています。
また、源氏物語や枕草子など、文学作品のなかにもたびたび顔をのぞかせるようになります。 猫の慣用句やことわざが生まれはじめたのも、おそらくこのころだと考えられています。
やがて江戸時代になると、今と変わらない程度に猫が世間一般に広まるようになりました。 言葉が広がるときには、何より多くの人にとってイメージしやすいことが重要です。
その意味では、誰でも知っている猫がたとえられやすいのは当然ともいえます。 また、猫は化け猫になるなど、犬とくらべてその仕草や振る舞いがより私たち人間に近いものを感じさせます。それも、猫を慣用句やことわざに用いやすい一因となっているのでしょう。
なぜ小判なのか?猫の慣用句・ことわざ8選①
猫に小判
出典:写真AC
猫に小判を与えても、餌にもならず何の役にも立ちません。そのことから、せっかく良いものを与えても価値が分からなければ無駄だ、という意味で用いられることわざです。
小判という表現や、上方いろはかるたの「ね」にも選ばれていることから、江戸時代には広く使用されていたことが分かります。 同じような意味のことわざに、「馬の耳に念仏」や「犬に論語」などがあります。
犬や馬は人間の言うことをよく聞く動物ですが、それでも念仏や論語のありがたさは理解できません。
一方で、猫は人間の言うことにほとんど関心を示しません。したがって、念仏や論語よりも、鰹節によく似た小判がふさわしいと考えられたわけです。 このようなことわざの違いも、それぞれの習性を表していて面白いところです。
「一期一会(いちごいちえ)」の意味や使い方|例文や対義語も紹介