日本には古くから様々な伝統や文化があり、今も脈々とその素晴らしさが我々の世代にも受け継がれています。しかし、実際には和の文化に触れる機会が少ない、というのが現代に生きる私達の現状です。 そんな素晴らしい文化を知らないのは大変勿体ないことです。今回はそんな素晴らしい伝統工芸品の中でも「黄八丈」についてご紹介します。 黄八丈とは 出典:Wikipedia 黄八丈(きはちじょう)は、東京都八丈島で生産される草木染めの絹織物である伝統的工芸品です。黄八丈の歴史はかなり古く、室町時代にまで遡ります。 室町時代に貢納品としていたのは、八丈島で織られていた「白紬」でした。現在のように染められるようになったのは寛政年間頃となり、江戸時代中期には縞や格子の模様も織られ始められました。 そもそも八丈島の島の由来は、実はこの「黄八丈」からきているのです。本居宣長の書物に「黄八丈を織り始めたところから八丈島と名が付いた」と記述があることから、そのように言われています。 そして、この「黄八丈」は、国の伝統的工芸品として正式に認められています。 黄八丈の特徴・色 きもの 七福屋さん(@shichifukuya)がシェアした投稿 – 3月 19, 2018 at 3:41午前 PDT 黄八丈は、黄、樺(茶)、黒の三色から生み出されます。染めた糸を使い縞模様や格子模様に織り上げるのが黄八丈という織物です。 八丈島の天然素材を利用した染料で染め上げることから、変色しにくいことと、洗うごとに色鮮やかさを増していくことが黄八丈の特徴とされています。 黄八丈の原材料 黄八丈の原材料ですが、染料は、コブナグサ、タブノキ、シイを原料とする植物性染料としています。これらは八丈島に自制する天然素材です。黄八丈は八丈島の島の資源を有効活用した八丈島ならではのオリジナル工芸品ということですね。 媒染剤は木炭又は泥土を使用します。伝統的に使用されてきた原材料として生糸、玉糸、真綿の紬糸もしくは、同等の材質を有する絹糸を使用しています。黄八丈の鮮やかな色は、これらの原材料によって輝きを放つのです。 藍染め技術を使って世界に一つだけの作品を作ってみませんか?詳しくはこちらをチェック! この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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甘酒は古くから日本に伝わる飲み物で、すでに『日本書紀』の中にもそれらしき記述が見られます。 「お酒」という名前がついていますが、アルコールはほとんど含まれていません。見た目は濁酒(どぶろく)のように白く濁り、「甘粥」などともいわれます。 もともとは神事の際に用いていました。 現在でも、初詣で参拝客に甘酒が振る舞われる光景はよく目にします。地域によっては、いまだに収穫のお祝いで甘酒を造ったり供えたりする風習が残っています。最近は、ひな祭りの白酒の代用品としても一般的になりました。 甘酒には、原料の違いによって大きく2つの種類があります。 1つは、米から造る「米麹甘酒」。そしてもう1つは、酒粕から造る「酒粕甘酒」です。この2つを混ぜ合わせた甘酒もあります。 現在では、缶入りや瓶入り、あるいは粉末、フリーズドライ、さらに甘酒ヨーグルトといった様々な形で製品が販売されています。 古くから変わらず、日本人にとってなじみ深い飲み物といえるでしょう。 甘酒に含まれる栄養素と効果 出典:写真AC 甘酒は「飲む点滴」といわれるように、その成分は栄養剤とよく似通っています。 中でも、米麹甘酒には豊富なブドウ糖が含まれています。ブドウ糖は体内で吸収しやすく、すぐにエネルギーに変換されやすい性質があります。 さらに、甘酒には糖を代謝するために必要な、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、といったビタミンB群も多く含まれています。 糖分たっぷりでもほとんどがエネルギーとして消費され、脂肪として溜まる心配もありません。 また、ブドウ糖は脳が活動するのに必要な唯一のエネルギー源です。集中力や思考力を高めるうえでも役立つでしょう。 ビタミンB群には、ほかにも血行をよくする作用があります。皮膚までしっかり栄養素を送り届け、老廃物を排出して、女性にとって大敵の肌荒れやシミを改善する美肌効果も期待できます。 さらに、麹にふくまれるコウジ酸やアミノ酸の一種であるシステインには、メラニンの発生を抑える美白効果もあるとされています。麹にふくまれる酵素には抗酸化作用もあるので、肌のサビつきを防ぐアンチエイジング効果も期待できるでしょう。 また、甘酒には食物繊維も多く、善玉菌のエサとなるオリゴ糖もふくまれているので、腸内環境を整える効果もあります。 他にも、リラックス効果のあるGABAやパントテン酸など、健康から美容まで幅広い効果を持った栄養素が甘酒には含まれているのです。 米麹の甘酒の効果 出典:写真AC 今では、すっかりお正月やひな祭りに飲むイメージがついた甘酒。 しかし、江戸時代には夏の暑い日に甘酒を売り歩く行商が名物となっていました。夏の季語として、多くの俳句にも詠まれています。 米麹から造られた甘酒は、このようにかつては夏バテ対策の飲み物として親しまれていました。 その理由は、米麹甘酒の甘味のもとであるブドウ糖にあります。 米麹に含まれる酵素は、米のデンプンを分解してブドウ糖にします。もともと分解されているため吸収も良く、さらにビタミンB群が糖の代謝を助けてくれます。 消化にも優しく、まさに疲労回復にはもってこいの飲み物だといえます。 また、血糖値が上昇しやすいので、少し飲むだけでも空腹感を抑えられるのが特徴です。これを活かし、現代人にとってはダイエット効果も期待できるでしょう。 イライラを抑えるGABAも含まれているので、より空腹を我慢しやすいといわれています。 血糖値が気になる人は、上昇が穏やかな玄米の米麹甘酒もおすすめです。 …
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江戸時代に大阪で生まれた伝統芸能「人形浄瑠璃文楽」。文楽は、音楽的な曲節をもって劇曲的な内容を物語る「浄瑠璃」と、それを演奏する弦楽器の「三味線」によってストーリーが展開されます。 人形がこの浄瑠璃と三味線に合わせて喜怒哀楽の表現をしますが、この登場人物全ての喜怒哀楽を語り分ける「太夫」と、人形を操る「人形遣い」、人形遣いは、姿を隠すことなく人形を操りますが、1体の人形に対して人形遣いは3人がつきます。 この3人がかりで人形を動かすことを「三人遣い」といい、世界的にも珍しいとされ、2003年にはユネスコの「人類の口省及び無形遺産の傑作」に登録されています。 かつては全国的に上演されていた文楽ですが、浄瑠璃の竹本義太夫と作者の近松門左衛門の協力により、大阪を本場の拠点に置き、現在に至っています。 国立文楽劇場とは photo by m-louis .® 国立文楽劇場とは、大阪府大阪市中央区にある国立劇場で、文楽をはじめ邦楽・舞踊・民俗芸能・歌舞伎・大衆芸能などの伝統芸能を上演する劇場です。 総座席数753席の大ホールと総座席数159席の小ホールの2つの劇場と展示室があり、大ホールでは、世界無形遺産にも指定された日本独自の伝統芸能・文楽を始め、人形浄瑠璃、演劇や舞踊などが行われ、小ホールでは落語や漫才、浪曲などが行われています。3階には図書閲覧室があり、文楽関係の図書の閲覧が行えます。 【国立文楽劇場友の会】 伝統芸能を愛する方のためにより手軽に主演公演を見て頂けるよう作られているのが、国立文楽劇場友の会です。チケットを一般販売開始より前に申し込むことが出来る他、チケットの割引、チケット無料郵送、提携劇場での優待等さまざまな特典がついています。 入会金:1,030円(税込) 年会費:1,030円(税込)/毎年自動継続 国立文楽劇場の歴史 出典:写真AC 国立文楽劇場の歴史 明治時代に入ると、文明開化の世となり、西洋の演劇が入ってくる中歌舞伎を近代社会にふさわしい内容に改めようと提唱する演劇改良運動が起きました。運動自体は成功したとは言えませんでしたが、刺激を受けて歌舞伎座が開場する等、歌舞伎の新時代が築かれました。 第二次世界大戦後には、文化財保護委員会に芸術施設調査研究協議会が設置され、協議会の答申に基づき国立劇場の計画が具体化します。その後1966年7月に特殊法人国立劇場が設立され、同年11月に国立劇場本店、1979年には国立演芸場が開場、続いて国立能楽堂、大阪の国立文楽劇場、沖縄の国立劇場沖縄が設立されています。 隈取りの筋や色が持つ意味|歌舞伎に欠かせない独特な装飾 津軽三味線の歴史や流派|演奏が聴けるお店や関東で楽しめるお店 歌舞伎役者の仕事を紹介|気になる年収や一般人が歌舞伎役者になる方法 伝統工芸「博多織」|歌舞伎役者も惚れたその魅力とは この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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和ろうそくの歴史は既に一三七五年の「太平記」の中で記述されており、遅くともこの頃には既に和ろうそくと言われるものが作られていたということになります。和ろうそくの産地は愛知県や京都府が多く挙げられることがありますが、実際には生産工房が最も多いのは愛知県です。 和ろうそくの有名店 正舗 田中屋:東京都台東区にある和ろうそくの老舗で、創業は明治期に遡ります。伝統的な製法で作られた和ろうそくを扱っており、職人が手作業で丁寧に作り上げた、独特の風情があります。 京都岡崎 瑞光堂:京都市左京区にある和ろうそくの専門店で、伝統的な京和ろうそくを扱っています。職人の手作業によって作られた、美しく繊細な模様が特徴的で、風情豊かな和の空間を演出することができます。 西川口 一三屋:埼玉県川口市にある和ろうそくの老舗で、創業は明治期に遡ります。手作業によって作られた和ろうそくを扱っており、無香タイプのものや長時間燃焼するものなど、様々な種類の和ろうそくを取り揃えています。 和ろうそく しみずや:和歌山県有田川町にある和ろうそくのお店で、樹脂質の樹脂蝋を使用した伝統的な和ろうそくを扱っています。美しい色合いや独特の模様が特徴的で、海外からの注文も多く、世界中で愛されています。 これらのお店は、和ろうそくの伝統的な製法を守りながら、美しい和ろうそくを作り上げていることで有名です。また、各地のお土産店でも和ろうそくを扱っていることがありますので、旅行先でのお土産選びにもおすすめです。 有名な和ろうそく「会津絵蝋燭」 出典:写真AC 和ろうそくの一つとして、会津絵蝋燭というものがあります。現在の福島県で製造されており、今から五百年前、当時の藩主が漆の植樹を奨励したことで始まりました。漆は木から塗料が、実からは蝋が採取出来たという点から、漆器とろうそくという伝統産業が二点生まれたのです。 蝋燭の売上を更に伸ばすため、絵を付けられた事で会津絵蝋燭の知名度と品質はより広く日本に広まったのです。会津絵蝋燭は、文字通りろうそくに絵が書かれているもので、当時の大名等の上流階級や神社仏閣で愛用されていました。 特に婚礼で一対の絵蝋燭が多く用いられ、現在「華飾の典」と呼ばれています。花の柄が多く描かれていますが、これは冬に会津では花が無いために、仏壇に供える花代わりとしても利用されてきたためなのです。 現在会津絵蝋燭は、会津絵ろうそくまつりと呼ばれる祭りにも使用されています。毎年2月上旬頃に行われる祭りで、絵蝋燭の魅力や歴史を伝えると同時に、工程の説明会を開催し、更に会津絵蝋燭の良さについて広めていこうという祭りとして開催されています。 明治10年創業の和ろうそく屋 明治10年(1877年)に創業の兵庫県西宮市で製造販売をしている「松本商店」の歴史ある和ろうそくをご紹介します。 伝統工芸や日本文化の最新情報や気軽に情報を受け取りたい方は以下のInstagramのフォローがおすすめです。 日本文化はかっこいい 粋-iki-(@iki.official)がシェアした投稿 全文読みたい方は、以下の記事をご覧ください。 心安らぐ和の灯り「和ろうそく」 兵庫県「松本商店」 和ろうそくの魅力 出典:写真AC 和ろうそくは暖かく力強い炎が特徴的です。一つ一つ手作りであるため、数は少ないですがそれだけの魅力と能力を兼ね備えた工芸品であるとも言えるのです。 また地域によっては美しい絵が描かれることで、炎の柔らかさで淡くにじみ、柔らかい花が表現されて更に魅力を引き出しているのです。 200年続く愛媛唯一の和ろうそく職人|内子町「大森和蝋燭屋」 「最新の伝統工芸ニュース」 「日本文化の豆知識」など毎週配信中です。 …
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岐阜県で秋のお菓子の定番といえば、栗きんとん。 食べられるのは9月から1月ごろ、季節限定のお菓子です。旅先のお土産選びは楽しいものですが、この時期に岐阜を訪れるのであればおすすめしたいお土産のひとつといえます。岐阜の栗きんとんは、シンプルだからこその贅沢な味が魅力です。 今回は人気のお店をいくつかご紹介します。 栗きんとんは岐阜県中津川市と恵那市の名産 昔から岐阜県では、中津川市や恵那市を中心に、良質の「恵那栗」の産地として有名でした。和菓子店に栗きんとんが並ぶことが秋の訪れを知らせ、旬の味のひとつにもなっていたようです。現在は全国的にも岐阜の栗きんとんの人気は高まっていて、毎年季節になると、地元は「栗渋滞」が起こるほどなんだとか。お土産やおつかいものにと、多くの人が美味しい栗きんとんを求めて訪れているようです。 岐阜の栗きんとんは、最低限の材料だけでつくるので、栗本来の味が楽しめるのが魅力です。おせちの栗きんとんのように粘りがあるわけではなく、口の中に入れるとほろっと崩れ、素朴な色合いと優しい甘さが特徴です。茶巾で絞って形を作るため、見た目も栗のような印象があります。 岐阜県中津川市で人気の栗きんとんが買えるお店 すや 本店 @kahiyuema37186がシェアした投稿 – 11月 25, 2017 at 8:15午後 PST 元禄年間創業の老舗です。全国的にも人気が高いお店なので、ご存知の方も多いかもしれませんね。 すやの歴史は、初代が「十八屋」という屋号で、お酢を扱うお店(酢屋)を開いたことから始まりました。今のようにお菓子づくりを始めたのは7代目になってからだそうです。以降は現在までずっと、おいしい和菓子を作り続けています。 すやの栗きんとんは、「栗ハ栗ノ味デ」、「きんとんは栗のかたちにもどす」という伝統のもと、厳選した栗と砂糖だけで炊き上げた素朴な味わいです。少し栗の粒が残り、渋皮の風味もあって、栗本来の味を楽しめます。口に入れるとほろっと崩れ、かたすぎず柔らかすぎずの食感になっています。栗きんとんは、9月から1月までの販売です。 直営店は本店のほか、カフェ「榧(かや)」を併設した西木店とがあります。 所在地:岐阜県中津川市新町2-40 営業時間:8:00〜19:00 (9月~12月は8:00〜20:00) 定休日:水曜日(9月〜12月は無休) 問い合わせ:0573-65-2078 URL:https://www.suya-honke.co.jp/ 川上屋 本店 naoさん(@nao201608)がシェアした投稿 – 11月 …
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https://pixabay.com/ インテリアコーディネーターの業界は、有資格者にメリットが多いと言えます。なぜなら所属する企業によっては、インテリアコーディネーター資格の保有者に対して「特別手当」や「専門職手当」が支給される場合があるからです。 インテリアコーディネーターとしてのクリエイティブな仕事を希望しても、有資格者でない場合はアサインされないこともあります。 資格試験の受験費や勉強にかかる費用を補助してくれる企業もあるようですが、最初から有資格者であるほうが有利なことは簡単に想像できますね。 逆にインテリアコーディネーター資格はあまりにも専門的過ぎて、一般社会ではあまりニーズがありません。 インテリアコーディネーターとして活動するのには必要不可欠ながら、それ以外の業種でのニーズが少なすぎるのがデメリットだといえます。 インテリアコーディネーターに向いている人・向いていない人 https://pixabay.com/ インテリアコーディネーターを目指すのに特別な応募資格は存在しません。しかし「向き不向き」は存在します。 インテリアコーディネーターに向いているのは創造力や発想力が豊かな人 ・空間認識能力に長けている人 ・豊富な製品リストを把握し活用できる人 ・臨機応変に予算に合わせたコーディネートができる人などです。この条件にひとつでも当てはまる人は適性があると言えるでしょう。 逆にインテリアコーディネーターに向かないのは上記条件をクリアできない他に、「なんとなく恰好良さそうだからやってみたい」など動機が弱い人です。 花形職業のように持て囃されるインテリアコーディネーターですが、実情は地味で実直な仕事だといえるので、幻想を持って志望すると幻滅して挫折してしまうかもしれません。 インテリアコーディネーターの将来性 https://pixabay.com/ 人の暮らしの営みがある限り、インテリアコーディネーターに対するニーズが途絶えることはないと考えられます。インテリアコーディネーターとしてのスキルを磨きながら、インテリアに関連する他の資格の取得を目指す努力も必要でしょう。 インテリアコーディネーターは平均年収で言えば特に高収入というわけではありませんが、向上心と努力次第では高収入を目指せる仕事です。 フリーランスになると、ユーザーや設計事務所などと直接契約が可能になります。自分の仕事の単価を自分自身で決められるのです。 もちろん実力が伴わなければ仕事はもらえませんので、経験の浅い人がフリーランスで生活するのは難しいと考えたほうが良いでしょう。人気コーディネーターになれば年収1,000万円以上を稼ぐことも夢ではありません。企業やインテリアコーディネーターの事務所などで最低でも10年以上の経験を積み、実力をつけ人脈を構築してから独立すれば、将来性はあるのではないかと考えられます。 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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六甲ミーツアートとは、アート作品を六甲山に設置された各会場で展示するイベントです。そこでは様々なアーティストが作品を出展し、その作品や自然の景観を楽しむために、毎年多くの人が六甲山へと足を運びます。 六甲ミーツアート 2018年の日程・アクセス・展示場所・料金 photo by Kentaro Ohno 六甲ミーツアートの2018年日程は9月8日(土)~11月25日(日)となっており、会期中は無休で運営されています。開場時間は原則10時~17時となっていますが、終了時刻は施設によって違いますので、参加する際は公式サイトに載っている展示場ごとの運営時間をチェックする必要があります。 六甲ミーツアートの展示会場は全11ヵ所あり、無料会場と有料会場があります。各会場間は徒歩で回ることもできますし、山上バスに乗って移動することも可能です。このバスは1時間に3本ほどあり、混雑時には多少遅延する恐れがあります。 いつ、どの施設でどういった作品を展示するかについては、決定次第ウェブサイトなどで告知されます。それを見てどのタイミングでどのルートを回るかなどの計画を立てられれば、効率よく見たいところを回ることができます。 有料会場に入るための鑑賞チケットは、大人料金の場合、当日券なら2000円です。前売券なら1700円で購入できます。このチケットは会期中はいつまででも有効で、六甲ミーツアートの各有料会場に1回ずつ入場できるものです。 今年はさらに、好きな展示場所に追加で1回入場できるという特典がついています。1つの施設だけを見て回るためのチケットなどは用意されていないため、1つのチケットで全施設を回ることのできる鑑賞チケットを購入する必要があります。 六甲ミーツアートの歴史 六甲ミーツアートは2010年に初めて開催され、それ以来人気を博して毎年開催されています。六甲ミーツアートは今年で9回目の開催にあたり、毎年様々なアーティストや一般から公募で集められた作品を取り揃えています。 六甲ミーツアートの特徴 photo by Kentaro Ohno 六甲ミーツアートでは有名アーティストから提供される作品を展示する他、一般から公募でも作品を集めており、これが大きな特徴の1つとなっています。 あらかじめ運営側が選定して作品を依頼した招待アーティストだけでなく、一般に提示された作品テーマに沿って申し込まれた公募アーティストによる作品を置くことにより、運営側もともとは予想していなかったような作品が出展されることもあり、展示される作品の幅が広がりました。 自分の作品を展示することに興味がある場合は申し込むことができるので、出展する側としてイベントを楽しむこともできるようになったのです。 また出展されている作品自体を購入することは原則としてできませんが、出展アーティストの関連グッズは六甲ガーデンテラス内のリトルホルティなど、各施設に設置されているショップで買うことができます。 六甲ミーツアートでは、都市から近いながらも自然に溢れた六甲山で、心を落ち着けて現代アート作品を鑑賞できます。 また当日100円で手に入れることができるマップを見て興味のある会場を選び、会場間の自然を楽しみながら各施設を回って自然とアートの融合を楽しむなど、準備なしで楽しむこともできることが、六甲ミーツアートの魅力の一つです。 六甲ミーツアートと楽しみたい、「兵庫県」の記事一覧 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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大阪観光の定番は、道頓堀や通天閣ですが、その近くで大阪ならではの”ものづくり”を体験できる施設がたくさんあります。 大阪は古くから栄え、様々な伝統が残る土地です。そのため、手仕事のレベルが高く、洗礼された技術を初心者でも気軽に体験することができます。 今回は大阪でものづくり体験のできる施設を8つ選定してご紹介します。 <食品サンプル制作体験>「デザインポケット」 デザインポケットは食品サンプルの本場大阪で、簡単な食品サンプルや雑庫などの体験をすることが出来ます。 事前予約が必要なものもありますが、申し込みはサイトから簡単に行うことが出来ます。 作業時間としては60分前後のものが多く、旅行の合間や、近場でもお子さんなどを連れて大人でも楽しむことが出来ます。 店舗は大阪の真ん中に位置しており、難波駅から徒歩5分、日本橋駅から徒歩5分でアクセスもしやすいです。 お店の前には漫画に出てくるようなお肉のサンプルがあり、目印としてもわかりやすくなっています。 費用としては食品サンプルで2,480~3,480円。その他の体験教室で2,980~4,980円程で食品サンプル等の仕事の一端を見ることが出来ます。 店舗に展示されているものは非常にクオリティが高く、職人の緻密な作業がうかがえます。 日本初の職人サンプル養成のスクールも開校しており、独立からグループ会社へのサポートや斡旋もしています。 【店舗情報】 住所 〒542-0075大阪府大阪市中央区難波千日前10-11 アクセス 車 阪神高速「なんば」または「道頓堀」出口より約8分 電車 JR「難波駅」より徒歩5分 電話番号 06-6586-6251 営業時間 9:30~20:00 サイトHP https://www.designpocket.net/ 【体験情報】 製作体験 体験費用 体験時間 …
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立秋を過ぎた時期に送る残暑見舞いですが、残暑見舞いの送る時期や書き方、暑中見舞いとの違いをご存知でしょうか?今回は、残暑見舞いについてご紹介します。 残暑見舞いとは? 出典:写真AC 立秋というのは暦の上では秋です。しかし、実際には8月半ばを過ぎたばかりで、まだまだ暑さの残る時期です。 残暑見舞いには、そんな体調を崩しやすい時期に、相手の安否を気遣い、健康を祈る意味が込められています。 残暑見舞いを送る相手は、親しい間柄の人から職場の同僚、そしてお世話になった人からしばらく疎遠となっている人まで、様々です。 そのような人たちに対して、同時に自分の健康や無事を知らせるという役目も果たしているのが残暑見舞いなのです。 残暑見舞いを出す時期はいつ? 残暑見舞いの「残暑」というのは、二十四節気でいうところの「立秋」から後の時期を指しています。 二十四節気というのは、1年間の季節を二十四の期間で区切る古来からの考え方です。 立秋は秋の始まり、旧暦では6月後半から7月前半の時期です。現在の太陽暦では、8月7日頃がそれにあたります。 この立秋を目安にして、残暑見舞いは送るようにしましょう。 ちなみに、お中元の時期を過ぎてから行う贈答品についても「残暑見舞い」という表書きを用いるのがマナーです。 残暑見舞いはいつから始まった? 出典:写真AC 残暑見舞いの時期は、お盆の時期と重なっています。 お盆はお正月と合わせて、古くから一年間の区切りとして人々の間で重んじられてきました。その時期になると、人々はご先祖様へのお供え物を持って里帰りをします。 こうした習慣が、やがて体調を崩しがちな夏のお見舞いとして変化していったといいます。 江戸時代には、武家や商家の間で、知り合いや世話になった家に贈答品を持って挨拶回りをする習慣が広まっていきます。 時代が下り明治時代になると、日本でも郵便制度が取り入れられるようになりました。 すると、それに合わせて挨拶も手紙で済ませる機会が増えてきました。 こうして大正時代の頃には、現在と同じような残暑見舞いの習慣が定着したのだといわれています。 一方で、贈答品はお中元として別の形で受け継がれるようになっています。 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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「蒔絵」というものを知っていますか。 蒔絵は漆を使った工芸装飾法の一つです。蒔絵は金銀の粉を漆器の表面に漆でつけて、絵や模様の文様をつける、日本の文化と呼べる工芸品、またその技法です。 平安貴族にも親しまれていた?蒔絵の歴史を紹介 出典:写真AC 蒔絵はかつて日本で生まれた日本独自の技法であると言われていましたが、現在ではそれを覆す研究もあり、真実は未だわかっていません。しかし、一般的には奈良時代に作られた「金銀鈿荘唐大刀」の鞘に施されたものが起源と言われています。 当時の技法は「末金鏤」と呼ばれていました。「蒔絵」として記録され、作品が世に出始めたのは平安時代からです。平安時代には螺鈿とともに蒔絵が貴族たちに好まれるようになりました。 平安時代を代表する蒔絵には平等院鳳凰堂や中尊寺金色堂があります。平等院鳳凰堂や中尊寺金色堂の内部には漆が使われており、蒔絵が施された漆芸品も数多く存在します。 そして時は過ぎ、鎌倉時代。鎌倉時代に蒔絵の技術は確立しました。鎌倉時代を代表する蒔絵としては鶴岡八幡宮の「籬菊螺鈿蒔絵硯箱(まがききくらでんまきえすずりばこ)」があります。 平安時代が貴族の時代だったのに対して鎌倉時代は武士の時代です。蒔絵も鎌倉時代には武士たちに好まれるようになりました。 大変蒔絵が栄えたのが江戸時代であり、それに向けて室町時代には蒔絵を施した格調高い漆工芸品が数多く作られ、優れた蒔絵職人やその後継者たちが蒔絵師として将軍に使えることとなるのです。 そして安土桃山時代、この時代は織田信長や豊臣秀吉が活躍した時代で、豪華絢爛で派手なものが好まれました。金銀が施された蒔絵もその例にあぶれず、城や寺などにまで豪華な蒔絵が施されました。 そしてここで蒔絵が最も栄えた時代、江戸時代がやってきます。 安土桃山時代の流れを受け継ぎ、豪華な蒔絵が寛永期まで流行しました。江戸時代中期になると、現在でも有名な蒔絵師が生まれました。春正蒔絵の祖、山本春正が活躍する中、尾形光琳が光琳蒔絵として蒔絵界に新しい風を吹かせました。 江戸時代の漆工芸品として有名なのは印籠です。この時代には繊細な蒔絵が施され、上層階級の証として蒔絵が使われました。明治期は日本文化を世界に発信する時代であり、蒔絵の技術も博覧会において世界に知らしめられ、西欧諸国に認められていきます。 大正昭和期には蒔絵技術は漆工芸品の域を超え芸術品として発展していきました。こうして奈良時代に生まれた蒔絵の技術はその美しさを保ったまま平成の現在まで語り継がれてきたのです。 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう