「おやき」は、小麦粉の皮で具材を包み、焼いたり蒸したりして食べる長野の郷土料理です。専門店で買うというイメージがありますが、もともとは冬の保存食として重宝され、家庭でつくられていたものなのです。 入れる具材は多種多様で、おやつや朝食、ちょっと小腹がすいたときにもぴったりです! レシピを参考に、できたての「おやき」を自宅で味わってみませんか? おやきってどんなもの? かつて米の栽培が難しかった信州エリアでは、代用品として小麦やそばが栽培されていました。小麦粉やそば粉をこねて薄くのばした皮に、野菜などで作った餡を円形に包み、焼いて食べる「おやき」は、古くから語り継がれてきた郷土食として、今も愛されています。 調理法としては、焼き、蒸し、焼き蒸しの3つに大別され、どれも違ったおいしさを楽しめます。ちなみに昔は、囲炉裏で表面を乾かし、灰の中に埋めて蒸し焼きにして食べていたようです。 ふっくらモチモチ! 「おやき」レシピ 〔材料(5〜6個分)〕 〔生地〕 中力粉 200g ベーキングパウダー 小さじ2 ぬるま湯 大さじ6 米油(サラダ油でもOK) 大さじ2 塩 小さじ1〜2 〔なすとしめじの醤油餡〕 なす 1本 しめじ 1/2株 醤油 大さじ1 酒 大さじ1 みりん 大さじ1 …
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登山というと、ヒマラヤやエベレストの頂上を目指す、本格的な登山家たちをイメージする方も少なくないのではないでしょうか? しかし、近年電車やバスを利用して、山の麓まで行くことができる日帰り、登山が脚光を浴びてきます。 日帰り登山では決して標高や難易度の高い、山の頂を目指すことはできませんが、大自然の中を自分のペースで登ることができることから、日帰り登山愛好家は年々増加傾向にあると言えるでしょう。 標高が高くない山だとしても、自分の脚力を頼りに登った山頂で感じることができる、達成感はなにものにも変えがたい経験となり、登山愛好家が増加する大きな要因だと言われています。 関東の日帰り登山スポット① 高尾山 photo by Eiji Saito 東京都八王子市に位置する高尾山は、古くから修験者の修行と場として知られていました。しかし都心から電車で約45分というアクセスの良さや、標高599mという手軽さから一年を通じて多くの、日帰り登山愛好家が集まる山として近年注目を集めています。 高尾山は「明治の森高尾国定公園」に指定されているため、キャンプやバーベキューを行うことができませんし、動植物の採集が禁止されています。自然保護が行き届いていることから、日帰り登山愛好家にとっては絶好の環境であるのが高尾山だと言えます。 高尾山ケーブルカーが運行していることから、春の新緑から秋の紅葉まで、四季折々の自然を楽しむことができる高尾山ですが、初めての挑戦の場合に、冬場は避けるべきだと言えます。 関東の日帰り登山スポット② 御岳山 photo by na0905 東京都青梅市に位置する御岳山(みたけさん)は、JR青梅線御嶽駅からバスや徒歩でもアクセスできる、ロケーションと929mという標高から、高尾山の日帰り登山では物足りないという、日帰り登山愛好家にとってセカンドステップとなる位置付けの山だと言えます。 御岳山には例年初日の出のご来光を見るために、多くの観光客が押し寄せることで知られます。御岳登山鉄道がケーブルカーを運行していることから山頂までのアクセスは悪くないと言えるでしょう。しかし日帰り登山で御岳山を訪れるからには麓からの登山道を利用したいものです。 御岳山の見所として知られるのは50,000株とも言われるレンゲショウマの群生ではないでしょうか。例年8月には圧倒的な量のレンゲショウマの花が咲き乱れますので是非この時期に御岳山の日帰り登山に挑戦してみて下さい。 関東の日帰り登山スポット③ 大岳山 photo by Hajime NAKANO 東京都西多摩郡檜原(ひのはら)村と奥多磨町の境界となるのが大岳山(おおたけさん)です。 日本二百名山や花の百名山に数えられる美しい山ですが、JR青梅線御嶽駅、JR五日市線武蔵五日市駅、JR青梅線奥多摩駅、JR青梅線鳩ノ巣駅など多くの駅からアクセスできる点や約1,267mの山頂までの道のりを、技量に合わせて様々なルートからアタックできることから日帰り登山愛好家の中で人気の高い山だと言えます。 春先から秋口にかけては自然の力強さを楽しめます。空気が澄んだ秋口には天候に恵まれれば、遠くに富士山を望むこともできます。冬場は都心から近いといえども積雪や想定外の冷え込みが予想されますので、大岳山に初めてアタックする場合は冬季以外を選ぶことをおすすめします。 登山グッズの購入を考えている方はこちら この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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出典:写真AC 房州うちわの歴史は、江戸時代頃のうちわ作成から始まります。 当時関東でうちわ生産が盛んに行われており、最初房州の地域では材料となる女竹を生産し出荷する役割を担っていました。 出荷場所だった房州でのうちわの作成事態は、現在での館山市那古で明治頃に行われ始めます。ここから全国に一気に広がるキッカケとなったのは大正12年の関東大震災。 その当時の東京のうちわ問屋が被災して大打撃を受けたことから、制作者が材料の出荷元にある房州に移り住んで本格化が進んだことにあります。 元々漁師町だったこの場所には、材料の女竹も豊富にあり、漁に出ない女性や老人の内職として上手にサイクルすることが出来て量産が可能になり、一時は年間に800万本近く生産される一大ブランドになります。 この段階で房州うちわの認知度は全国に広がり、「京都の京うちわ」「香川の丸亀うちわ」と並んで日本三大うちわとしての地位を築くようになります。 房州うちわの特徴 出典:館山市観光協会 房州うちわは千葉県南房総市の特産品で指定伝統的工芸品にもなっています。女竹といわれるよくしなり、割れにくく、軽いものを材料にしています。 一本の状態から作るので、うちわを握る場所が丸い形状になっており、他の三大うちわの様に平べったくはありません。 また骨に糸を結びつける弓を柄に差し込んで出来る左右対称の美しい窓があることが、房州うちわの何よりも大きな特徴になっています。 また丸い柄でしなりの強い竹を利用していることから抑止なることも特徴としてあげられています。 房州うちわの作り方 出典:写真AC 房州うちわは20を超える工程から出来ています。寒い時期の引き締まった竹の選定から始まり、青い皮を落としてから、もみ殻で丁寧に磨き艶が出るようにします。 そして目印になる切れ込みを8か所入れてから丸一日水につけ、裂けやすい状態にしてから骨を作っていきます。 切れ込みから8つ上下左右とそれぞれ斜めに割き均等に8等分します。更にそれを6等分から8等分することで48~64本の骨が出来ます。 骨の角を落としたら、中ほどの節目近くに貫通する穴をあけて編棒を込み、紐で骨を交互に結わえて扇状に広げます。 手で持つ部分の長さを調整した後は、柄の後ろから柳の枝を差し込んで強度を上げ、空洞が見えないようにもします。この段階で房州うちわの特徴にもなる弓を差し入れて紐で引き締めて形を整えます。 大まかにうちわの形に骨を切って整えて、少し火で焙り骨がまっすぐになるようにします。骨の表面にノリを縫って紙や布を張り、骨の間隔がキレイに並ぶように空気を入れないように張り合わせます。 貼った形に合わせてもう一度骨をきれいに調整してヘリに和紙を貼り、見栄えを美しくします。柄のお尻の部分を漆で化粧して仕上がりを美しくします。 最後にプレス機の工程を経てしっかり骨が浮かぶようにして房州うちわが完成します。 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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鮒ずしといえば、あの深いオレンジ色の卵と独特の酸味と香りが頭をよぎります。滋賀県の近江地方では昔から正月などハレの日には欠かせない逸品。どこの家庭でも鮒ずしは作られていたそうです。今では高級な嗜好品として名高い鮒ずし。その歴史と製法、食べ方についてお話しします。 鮒ずしのルーツ「熟れ寿司(なれずし)」 Kenta@nagasakiさん(@oi_petit)がシェアした投稿 – 8月 25, 2015 at 2:35午前 PDT 鮒ずしのもともとのルーツはタイ北部から中国の雲南省あたりの地域だと考えられています。そして、そのあたりで作られていたのは、鯉などの淡水魚を使った熟れ寿司でした。その熟れ寿司の製法が1,400~1,500年前に大陸から水田稲作農業が伝わると時を同じくして日本に伝来したそうです。 熟れ寿司は寿司とはいうものの、現代の寿司のように米を食べるわけではなく、あくまでも魚介類や鹿肉、イノシシの肉を漬け込む発酵材料として使われてきました。食材にしっかりと塩をまぶして米飯に漬け込むと、やがて米飯が糖化して乳酸発酵します。 そして、その間にタンパク質が熟成して旨みが増し、さらに乳酸の働きで長期保存も可能になるのです。いまでも滋賀県の郷土料理「鮒ずし」をはじめ、鮎やサバの熟れ寿司を作っている地域もあります。 鮒ずしの歴史 @shigajapanがシェアした投稿 – 6月 21, 2016 at 3:14午前 PDT 平安時代に編纂された法典「延喜式(えんぎしき)」には、当時のさまざまな食物が出て来るのですが、熟れ寿司もそのひとつです。そして奈良時代になると、近江や若狭からアワビやイガイ、鯛の熟れ寿司が朝廷に貢がれた記録が残っています。 当時の熟れ寿司は庶民の口に入るようなものではなかったのですが、一方、鮒ずしは、中国奥地で作られていた鯉の熟れ寿司の製法が近江に伝わって以来作られるようになったと言われています。 当時は田んぼも整備されておらず、梅雨の時期に大雨が降ると川の水が田んぼに溢れ出し、鮒ずしの原料となるニゴロブナが産卵のために遡上してきたそうです。その数はまるで水面が盛り上がるほどだったとか。 昔は、漁獲量が豊富な鮒の保存方法のひとつとして鮒ずしが一般家庭で作られていて、それぞれ家庭の味があったそうです。お正月ともなると、ちょうど食べごろになった鮒ずしの木樽を開けて、客人をもてなしたといいます。 出典:魚類図鑑 しかし、昭和60年頃を境にいまではニゴロブナの数が激減。その後はすっかり高級珍味として、料亭や鮒ずしを代々作ってきた店で伝統的な手法を用いて作られるようになりました。ただ、近年、また地酒ブームも手伝って、また乳酸菌効果の滋養食としても再び注目されています。 鮒ずしの作り方と食べ方 Yuusuke …
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夏といえば金魚すくいがあります。お祭りでは、いつも人気の金魚すくいですが、捕まえるのにコツが必要です。ポイを使用した場合のちょっとしたコツで、捕まえやすくなるなど、奥が深い金魚すくいです。毎年、金魚すくいの大会が開かれています。金魚すくいには人を惹きつけるものがあるのです。 もう2003年の古い話ですが、金魚すくいの本場、奈良県大和郡山市の大会で競技の不正が発覚し、そこまでするものかと世間が騒然としたことがあります。不正の手段は、金魚すくいに使う「ポイ」を隠し持っていたことでしたが、不正を働いた男性は失格・永久追放となりました。 不正を働くのはもちろんいただけませんが、そうしてでも勝ちたくなるのであれば、金魚すくいも立派なスポーツといえるのかもしれません。 金魚すくいはいつから始まったのは不明ですが、江戸時代後期には間違いなく行われていたようです。当初は網で金魚をすくっていたようですが、これだと弱ってしまうということもあってか、明治時代には紙の網、現在のポイの前身が誕生しています。 金魚すくいの起源 出典:写真AC 金魚すくいは縁日では大人気のコーナーです。泳ぐ金魚は子供たちにとってはとても楽しいもので、金魚すくいで獲れた金魚を持ち帰れるのも人気のポイントです。金魚は観賞用の魚として、江戸時代から、また現代でも根強い人気があります。 もともと、金魚は中国でフナが突然変異をして赤くなってしまったものを品種改良して現在のような姿かたちになったという起源があります。 日本に金魚が伝わったのは室町時代で、当時は大変な高級品でしたが、江戸時代になると金魚の養殖がおこなわれるようになります。 その結果、もともと高級品だった金魚がより安価になり、江戸の庶民の間で広まっていったというわけです。 現代のまつりで行われているような「金魚すくい」の具体的な起源は諸説ありますが、木の桶に入れられた金魚を掬う様子が江戸後期の浮世絵に描かれていることから、先ほど述べたように、その時期に今の金魚すくいの原型ができあがったのではないかということがあります。 金魚すくいは、目に楽しく、自由に泳ぐ金魚を捕まえてみたくなるのは人間の本能なのかもしれません。金魚は中国では、「金余」と発音が同じで、お金が余る金運魚として縁起がいいとされています。 金魚すくいで用いられる「ポイ」の語源 出典:写真AC 金魚すくいと言えば、その独特の道具「ポイ」です。なぜこう呼ぶのでしょうか。はっきりとした由来は不明ですが、「ポイっと捨てる」などの動作から来ているようで、全国金魚すくい大会事務局ではこのような解釈をしています。 ポイはプラスチックでできた枠に和紙を張り付けたものです。和紙には様々な厚さのものがあり、薄いほうが当然、金魚すくいの際の難易度は上がります。ちなみに、和菓子に使うモナカ(またはウェハース)でできたポイもあります。 金魚すくいの金魚は品種改良されたものだった! 出典:写真AC 金魚すくいにてよく見かける金魚は、金魚すくいのために、フナの突然変異を人為的に改良したものですから、見た目が重視されます。金魚といえば一般的には赤いイメージですが、いっぽうで黒い出目金もよく知られています。他にも金色、茶色など色も様々ですが、この色の違いはどこにあるのでしょうか。 金魚はもとがフナですので、生まれたときは黒色をしています。これが徐々に褪色現象を起こして色が変わっていきます。褪色(たいしょく)とは文字通り色が褪せることで、つまり赤い金魚は黒い金魚の色が褪せたものなのです。 ですから、一般的に黒い金魚として認識されている出目金も、褪色を起こして金色になってしまうことがあります。いずれにしても、金魚は自然に生まれたものではないので、管理を疎かにするとすぐに先祖帰りして黒くなってしまうようです。金魚すくいで見かける金魚は、しっかり管理されて飼育されたのです。 金魚すくいのコツは「ポイ」を初めに濡らしてしまうこと! 出典:写真AC 不正事件にも見られますが、金魚すくいが上手い人は大変尊敬されます。そんな金魚すくいにも秘訣がありますので、紹介いたします。 まず、ポイの裏表を間違えないようにしましょう。表とは、枠が出ていないほうの側です。裏を使うと、紙と枠との接着面に水圧がかかりやすくなります。次に、ポイの和紙は最初に濡らしてしまいます。少しずつ濡らすのはNGで、そうっと、しかし一気に全面を濡らしてしまいましょう。 そして、金魚すくいの水中でポイを動かす際は、必ず斜めにゆっくり動かします。水圧を避けるためです。同じ理由により、金魚を追いかけてはいけません。 水面近くにいる金魚は酸欠状態で弱り気味ですから、これを狙いましょう。ゆっくりポイを動かして金魚を壁際に追い込み、金魚の頭・側面からポイに載せ、斜めに引き上げると取れます。 【花笠が彩る夏】山形花笠まつりのここにしかない魅力 日本には様々なお祭りがあります!「日本の祭り」の記事一覧 この記事が気に入ったら …
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雪見障子とは、障子の下半分にガラスがはめ込まれた障子のことをいいます。 その名称どおり、表や中庭の雪景色を楽しめるように作られたものです。 最近ではガラスの代わりに、アクリルパネルがはめ込まれているものも多く出回っています。 これは、小さな子どもが誤って割ってしまわないように、安全面を考えた工夫です。 ほかにも、ガラスの入った障子にはいろいろな種類がありますが、雪見障子はそのなかでももっともシンプルで、ガラス部分をさえぎる仕組みなどはいっさいありません。 ただし、場合によってはガラスの手前に上下できる障子をつけたものを、摺上げ雪見障子ということもあります。 地方によっては、雪見障子のことを「大額障子」と呼びます。 雪見障子の特徴 出典:写真AC 雪見障子は、ガラス部分が透けているので、つねに外の景色が目に入ってきます。 朝夕や季節によって室内の様子も変化していき、まさに移り行く時とともに過ごすことができる仕組みとなっています。 全面ガラス張りのガラス障子と大きく異なるのは、あえて視線の一部がさえぎられているという点です。 そのため、見える景色が角度や視線によって大きく変わってきます。 たとえば、直接畳に座っている状態と、腰掛けに座ったり、立ったりしている状態で見た景色とでは、同じ庭であってもまったく異なる顔を見せてくれるのです。 開けっぴろげにすべてを見せてしまうのではなく、限られているからこそ、かえって奥深い景色を味わうことができる。 雪見障子は、そんないかにも日本人らしい情緒あふれた工夫といえるのです。 雪見障子に似た猫間障子とは 猫間障子は、雪見障子と同じように障子の一部にガラスがはめ込まれた障子です。 大きな違いは、ガラスの手前にさらに開け締めできる障子があるという点です。 孫障子ともいいますが、その形にもさまざまなものがあります。 中央の小さな障子を左右に開くものを「引分猫間障子」、片側から左右どちらかへ開くものを「片引猫間障子」といいます。また、下部にはめこんだ商事を上に開くものを、「磨上げ猫間障子」といいます。 この磨上げ猫間障子のことを指して、雪見障子と呼ぶこともあります。 名称からも分かるように、もともとは猫が出入りするために作られた仕組みだったといいます。したがって、かつては当然のことながらガラスははめ込まれていませんでした。 時代が下るにつれ、猫の通り道の意味が失われ、より機能的に変化していったものと考えられています。 現代では、開け閉めすることで外の景色を楽しむことが主な目的となっています。 額入り障子 出典:写真AC 額入り障子とは、障子の真ん中あたりにガラスをはめ込んだ障子のことをいいます。 直にガラスをはめ込むのではなく、額縁を設けているのがその大きな特徴です。 この額縁が縦に長いものを縦額障子といい、横に長い額縁のものを横額障子といいます。 …
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日本では四季に触れ、親しい方などに便りを送り、こちらの近況を伝えるとともに、相手の安否を気遣うという風習があります。 その一つに暑中見舞いというものがあります。 これはもともと暑い最中に親しい人や知人を訪ねたり、手紙を出して様子を窺ったりすることだったようですが、現在でははがきなどで送るのが一般的です。 今では手軽にメールや電話だけでなく、LINEなどのSNSツールがありますが、昔はそういったものもありませんでした。よって暑中見舞いなどを送り合って普段なかなか会えない人たちに、「こちらは暑い夏を乗り越えて頑張っていますよ、あなたも頑張って下さいね」などと励まし言葉を送ったりする役割がありました。 四季で気温や過ごし方が変化する日本では、季節の変わり目に体調を崩す人が今も昔も少なくないですが、そういった節目で気になる人の体調や元気を気遣う日本人らしいとても暖かい風習だといえます。 暑中見舞いを書く上での注意点・マナー 出典:写真AC 暑中見舞いを送る上でのマナーですが、 一般的に暑中見舞いなどは年賀状と違い、新年の「お祝い」を送るものではないので、喪中の方に送っても失礼ではないとされています。 ですが喪中で悲しみに暮れている方に対して楽し気な絵柄や文面を送るのは失礼にあたりますし、時期なども四十九日が過ぎた後にするなどの配慮が必要です。 また暑中見舞いは時期が決まっているので注意が必要です。 先ほど季節ごとに送る便りの一つが暑中見舞いと書きましたが、他には残暑見舞いなどというものもあります。 暑中見舞いが二十四節季の小暑(7月7日ごろ)から立秋の前日(8月6日ごろ)に送るのが通例とされているのに対し、残暑見舞いは立秋(8月7日ごろ)から処暑のころ(9月6日ごろ)とさえれています。 何となく暑いから暑中見舞いを送ろう!と、残暑見舞いの時期にあたる8月10日ごろに送るのは失礼にあたりますので注意が必要です。 暑中見舞いに書く必須事項 出典:写真AC 暑中お見舞いに書くべき必須事項は、ズバリ「暑中お見舞い申し上げます」です。 例文などを調べていただくと分かりやすいと思いますが、この出だしがないと何のはがきかわかりませんので必ず入れていただくようにお願いします。 その後簡単な季節の挨拶を入れながら、いかがお過ごしでしょうか?などと相手を気遣う文言が続きます。 後ほど例文にも紹介しますが、ビジネスの相手に送る際は、暑中お見舞い申し上げます、の後に日ごろの取引に対するお礼を述べる言葉も忘れてはいけません。 また、基本的には暑い最中ですが、お元気ですか?体調など崩されてませんか?と相手を気遣うことがメインになりますのでそのあたりの言葉は忘れずに書き入れて欲しいです。 その後にご自身の近況の変化などがあれば書き添えるとよいでしょう。 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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米どころで有名な新潟では美味しい日本酒が多くあります。新潟の日本酒はまさに「端麗辛口」。日本酒好きにはたまらない一本が多くあることでしょう。今回はそんな新潟の日本酒のなかでもおすすめを8選にしてご紹介します。 米どころでも有名な新潟の日本酒とは? 新潟日本酒の歴史は約1000年の歴史があると言われており、最も古い酒蔵は、1548年の戦国時代創業の長岡の酒蔵です。 江戸時代に日本酒は嗜好品となりました。 そして本格的に酒造業が新潟で始まったのは明治時代からになります。 そんな新潟の日本酒の特徴としては、「淡麗辛口」が挙げられます。 しかし、新潟は県土が広く日本酒の味も様々で、辛口だけではなく甘口もあります。 そのため、特徴としてあげるのには「淡麗な酒質である」と述べるのが正しいでしょう。 何故、新潟の日本酒が「淡麗な酒質」で美味しいかと言うと、新潟の水がほとんど軟水であるからです。 また、名水と呼ばれる水も多いことから、淡麗な酒質が醸されているのです。 そして気候も、夏は日照時間が長い稲を育てやすく、冬は温度変化が少ない為、醗酵温度管理が取りやすいという利点があります。 低温で長期醗酵を特徴としている新潟の日本酒にとって、非常に良い環境と言えます。 そしてもう1つの特徴としては、新潟の日本酒は、ほとんどが吟醸酒であります。 吟醸酒とは精米歩合が60%を下回るものを指しており、玄米の表層には味や香りを悪くさせる、脂肪やたんぱく質が含まれています。 つまり、精米歩合が低いということは、品質の高い日本酒であるということとなります。 そんな品質の高い新潟の日本酒には、どのような銘柄があるのでしょうか。 新潟県のおすすめ日本酒その1「〆張鶴(しめはりつる)」 甘すぎず辛すぎない絶妙な口当たり 出典:写真AC 〆張鶴は「淡麗旨口」であり、非常に酒質の高い日本酒です。 甘すぎず辛すぎない、バランスの良い口当たりは素晴らしい味わいです。 その〆張鶴に使われている水は三面川の流水で、この三面川は鮭の遡上で有名で、きめ細かい甘さを持つ軟水になります。 新潟県の地酒、〆張鶴の酒造元である宮尾酒造は1819年に創業されました。 宮尾酒造は、五百万石や高嶺錦などの良質な酒米がある、新潟最北端の村上市にあります。 この使用している米と水があり、〆張鶴の「淡麗旨口」の理由です。 〆張鶴には、通年商品が6本、季節限定7本あります。 特に季節限定の「〆張鶴金ラベル」山田錦を精米歩合35%まで磨き上げたもので、非常に人気の高い日本酒となっております。 「〆張鶴銀ラベル」に関しても、精米歩合は38%と品質も高く、金ラベルに引けを取りません。 上記二つは11月の期間限定となっています。 新潟県のおすすめ日本酒その2「久保田(くぼた)」 …
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千疋屋(せんびきや)とは東京の日本橋に総本店を構える、老舗のフルーツ店です。扱う品物にこだわりを持っており、多少値は張りますが、その分極上のフルーツを味わうことができるようになっています。特に有名なのが千疋屋のマスクメロンです。 持ち帰り販売だけでなくその場で食べられるフルーツパーラーなどもあり、予約が必要ですが世界のフルーツを食べ放題といったサービスも行っています。それ以外にもケーキなどのスイーツや高級フルーツを使った絶品フルーツサンドやワインなども販売されており幅広い層が楽しめるお店になっています。 千疋屋の歴史 出典:写真AC 千疋屋の歴史はとても長く、元祖は1834年に誕生したと言われています。その当時は水菓子安うり処という名前で柿やみかんなど日本で取ることができる果物を販売していました。 そこから30年ほど経過した1867年に三代目が店を継ぐと、これからは近代化が鍵だということで海外からオレンジやバナナといった日本では栽培されていなかったフルーツの輸入を始めました。その結果日本で初めてのフルーツ専門店として千疋屋総本店が生まれました。 そこからフルーツをメインに取り扱った喫茶店であるフルーツパーラーや、様々な果物を使ったフルーツポンチやフルーツ食べ放題サービスなど新しいものを次々と開拓していきました。今では東京以外にも店舗を構える一大フルーツ店に成長したのです。 千疋屋のフルーツ食べ放題の魅力① フルーツメニュー 出典:写真AC そんな千疋屋では毎週月曜日に「世界のフルーツ食べ放題」というイベントが開催されています。世界各地から取り寄せた厳選されたフルーツを2時間、食べ放題で楽しむことができるようになっています。 千疋屋がいつも用意しているメロン、パパイヤ、マンゴーなどの定番フルーツが食べ放題なのはもちろん、春にはいちご、夏には梨や桃、秋には柿、冬にはりんごといった季節によって変わる旬のフルーツを心ゆくまで堪能できます。一口にフルーツといっても様々な種類のフルーツが用意されています。そのため同じフルーツ同士の味の違いも比べることができるようになっています。 千疋屋のフルーツ食べ放題の魅力② フルーツ以外のメニュー 出典:写真AC フルーツ食べ放題となっていますが、それ以外のメニューも豊富で魅力が詰まっているのが千疋屋の食べ放題の特徴です。まずは前菜です。食べ放題という名目ですが、ビュッフェ形式になっており、サラダやデザートがついてくるようになっています。他にも軽食としてフルーツサンドも席に運ばれるようになっています。 これらの前菜やフルーツサンドは取り放題ではなく1人1回までとなっているので注意してください。その他に注目したい千疋屋ならではのメニューですが、なんとカレーが用意されています。といってもただのカレーではなく、フルーツをたっぷり使った特製カレーになっています。 マンゴーカレー、スパイシーココナッツカレー、パイナップルハッシュドビーフと3種類が用意されています。これらは食べ放題なのでフルーツによってカレーがどう変化するのかぜひ食べ比べてみてください。 千疋屋食べ放題の開催場所と日程・値段 出典:写真AC 千疋屋の食べ放題サービスは開催店舗が限定されているために注意が必要です。現在は千疋屋日本橋総本店、アトレヴィ信濃町店、池袋西武店、日本橋髙島屋店、タカシマヤフードメゾン新横浜店、港南台髙島屋店の6店舗で開催されています。開催日はどの店舗も月曜日です。 ただし開始時間は店舗によって17時30分や19時開始など違いがあるので事前に確認するようにしてください。料金も店舗によって違います。日本橋本店が6,480円、アトレヴィ信濃町店と池袋西武店が5,400円、残りの3店舗が4,320円となっています。食べ放題に並ぶラインナップの違いにより、価格差があるということです。 おすすめのりんごの品種5選|美味しいりんごを見分けるポイントも紹介 【どのいちごが好き?】おすすめのいちご品種5選と美味しいいちごの見分け方 【2018年】東京駅から日帰りで行けるりんご狩り5選 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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赤川花火大会は山形県鶴岡市の赤川河川敷で行われる花火大会になります。 赤川花火大会は昨年度は約33万人の来場があり、1万2000発の花火を楽しむことができました。 花火大会の日程に合わせて他のイベントなども多く組み込まれており、旅行の際に赤川花火大会をセレクトするという人も年々増えています。赤川花火大会は競技花火なので、全国の花火職人たちの芸術を楽しむことのできるイベントといってもいいでしょう。 赤川花火大会の2018年日程・アクセス 出典:写真AC 2018年度の赤川花火大会は8月18日(土)に開催され、午後7時15分から花火が打ち上げ開始になります。例年数時間前には河川敷のフリースペースや、購入した優良席などへの入場は解放されているので時間と共に花火を楽しむことができます。 公式サイト:http://akagawahanabi.com/ 赤川花火大会の歴史 赤川花火大会は28年の歴史を持ち、年々来場者が増えています。花火大会に合わせて4日ほど前から各種イベントも近年では組まれるようになってきており、8月15日には141回の歴史を持つ荘内大祭も開催されます。 花火大会の翌日には第14回山王おぃやさ祭りも開催されるので、お盆などの旅行に荘内を選び、赤川花火大会を楽しむ方も多くなってきました。 赤川花火大会の特徴・見どころ 出典:写真AC なんといっても1万2000発の花火の打ち上げになります。中には独創的な形などもあり近隣ホテルなどの協賛の花火などもあるので、個人にゆかりのあるアナウンスが流れたりするのもまた赤川花火大会の魅力といってもいいでしょう。また、15日に開催さえる荘内大祭と一緒に楽しむのも見どころの一つになります。 開催される赤川河川敷は一級河川であり、鶴岡市街へ流れていきます。赤川花火大会周辺の際には鶴岡市内も華やかに盛り上げっていますので、市内観光も同時に楽しめます。 また、鶴岡駅などから徒歩で河川敷に向かうまでに、致道博物館等のライトアップなども花火大会近隣日は楽しむことができるようになっており、歴史ある鶴岡の街を花火大会に合わせてまるごと楽しむことも可能です。 日本の夏夜を彩る「花火」の記事一覧 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう