7月の初め頃になると、町のあちらこちらで七夕まつりの短冊が笹竹に吊るされているのを見かけたり、ニュースでも七夕まつりを取り上げたりするようになりますが、この七夕まつりはどのように始まったのでしょうか。 天の川にある牽牛星(彦星)と織女星(織姫)を擬人化し、年に一度出会うというような伝説は中国、日本のどちらでもあったようです。 織女祭(しょくじょさい)、星祭(ほしまつり)などともいい、中国伝来の行事を起源とする話には、女性の裁縫の上達を祈る乞巧奠(きこうでん)という風習から始まったといわれています。 乞巧奠は日本の奈良時代に宮中行事として行われており、食べ物の供え物を東の庭に置き、牽牛(けんぎゅう)と織女という二つの星を祀ったとあります。 また、日本の風習から紐解くと、「棚機(たなばた)つ女(め)」と呼ばれていた日本の機(はた)を織る女性への信仰的なものから始まったのではという説があります。 棚機つ女は人里から離れ水辺の機屋(はたや)に籠り、機織りをして神様をお迎えする乙女で、身体を清めるために沐浴を行いました。 そのせいか現在でも沐浴を行う風習が日本のあちらこちらでよく見られます。 更に7月7日は七日盆(なぬかぼん)といい、盆初めに当たります。 このように中国と日本の古来の風習が結びついたり、お盆の行事が合わさったりと様々な要素が入り混じり今日まで伝えられているのが七夕まつりなのです。 七夕まつりは日本で最初の頃は貴族たちの風習でしたが、江戸時代には武家や庶民にも広がりました。 7月6日の夜、庭にナスなどの野菜を供え、笹竹に和歌や願い事を書いた短冊や布を飾るようになり、裁縫や書道などの手習いごとの上達を祈りました。 また、その笹竹を7日になって河川や海に流すのを七夕送りといいます。 日本三大七夕まつり① 仙台七夕まつりを紹介 出典:写真AC 日本各地に七夕まつりはありますが、日本三大七夕まつりと呼ばれている七夕まつりの1つに、宮城の仙台七夕まつりがあります。 江戸時代の初め頃、伊達正宗の時代から始まったともいわれていますが、1873年に太陽暦が採用されたのをきっかけに行なわれなくなった後、1927年に商人が七夕飾りを復活させたのが起源とされています。 毎年8月6日から8日の3日間に渡り行われ、200万人以上もの人出がある大規模なお祭りです。吹き流しなどの約3000本もの笹飾りが仙台市を彩り、地元では「たなばたさん」と呼ばれて親しまれています。 前夜祭には花火が打ち上げられ、市民広場のステージなどで催し物が開かれます。七夕飾りのコンテストやパレードも行われ、古来の星祭りの優美さと大小様々な七夕飾りの豪華絢爛さを両方味わえる貴重な七夕まつりです。 日本三大七夕まつり② 平塚七夕まつりを紹介 出典:フォト蔵 日本三大七夕まつりのもう一つは神奈川の湘南ひらつか七夕まつりです。 終戦後、商業振興策として1950年7月に復興まつりが開催されてから、平塚商工会議所や平塚市商店街連合会が中心となり、仙台七夕まつりを参考として1951年7月に第1回平塚七夕まつりが行われました。 そして1957年の第7回平塚七夕まつりから平塚市主催となりました。中心街に約500本もの飾りを配置し、メイン会場の「湘南スターモール」の飾りは特に大きく豪華絢爛です。七夕飾りのコンクールやパレードなどにも多くの人が集まっています。 日本三大七夕まつり③ 安城七夕まつりを紹介 出典:安城七夕まつり公式サイト 日本三大七夕まつりの最後の1つは、愛知の安城七夕まつりです。 …
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社会人であれば、誰もが一度は経験する「名刺交換」。ビジネスマナーの中でも大切なのが名刺交換のマナーです。名刺交換をする際に基本的なマナーを踏まえておけば、相手方に好印象を与えることができます。 今回は、名刺交換のマナーについて手順や注意点など細かい部分まで紹介しています。是非、こちらを参考にして名刺交換のマナーを確認してみてください。 名刺交換のマナー基本のポイント 出典:写真AC 名刺交換の基本的なポイントを確認しておきましょう。主に、名刺を受け取るときと自分の名刺を渡す際にマナーを気を付けなければなりません。 名刺を受け取るときのマナー ①相手の会社名やロゴ、氏名の上に指を置かない ②本人の目の前で名刺に書き込みをしない ③テーブル越しで名刺交換を行わない ④必ず両手で受け取り、「頂戴します」と一言そえる ⑤必ず席を立って名刺交換を行う ⑥すぐに名刺入れに仕舞わない ⑦相手の名前は名刺交換の際に確認する 名刺を渡すときのマナー ①名刺を準備する(折れ曲がったものや汚れているものがないように) ②目下の者から先に名刺を渡す(お金を支払う法が上、お金を受け取る側が下。訪問先が上、訪問者が下。) ③相手の名刺の高さより低い位置で名刺を差し出す ④折れているものや汚れている名刺を渡さない ⑤財布やカバン、ポケットから直接名刺を出さない。 名刺交換のマナーその1<順番> 出典:写真AC 名刺交換のとき、1対1の場合は上記にもある通り、目下の者から目上の者に名刺を差し出します。目下の者は、お金や仕事をいただく側で、目上の者がお金や仕事を提供する側となります。よって、営業の場合は営業側が目下となるので先に名刺を渡すこととなります。 また、複数人いる場合にも同様です。ただし、名刺交換の順番が少し複雑になります。では、部長・課長など営業側(目下)が複数人いる場合を見ていきましょう。この場合、部長から先に目上の者に名刺を渡します。つまり、複数いる中で1番各上の者から名刺を交換します。実際の例を見ていきましょう。 【自社】部長 課長 【先方】担当者 担当者の上司 ①自社の部長と担当者の上司が名刺交換 ②自社の課長と担当者の上司が名刺交換 ③自社の部長と担当者が名刺交換 ④自社の課長と担当者が名刺交換 実際には、担当者の上司に部長と課長が並び名刺交換をして終えたら、順に担当者と名刺交換を行う流れとなります。 …
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HARUさん(@_.haru)がシェアした投稿 – 6月 11, 2015 at 8:02午後 PDT 京からかみは、絵の具、道具、文様すべてに伝統が受け継がれ、一枚一枚が手仕事によって生み出される、長い歴史を持った加工紙です。 日本では古くから、ふすまや屏風などに用いられてきました。美しいだけでなく、温もりも感じられる京からかみは、現在、壁紙をはじめ、室内装飾にもよく用いられています。 古典的なのにモダン。そんな京からかみの魅力をご紹介します。 京からかみの歴史 京からかみは、奈良時代に中国から伝わった「唐紙(からかみ・とうし)」を元に、平安時代ごろから作られるようになりました。伝来した当時は紙が貴重だったこともあり、使えるのは貴族や上流階級の人々が手紙や写経をするのに限られました。しかし、京からかみが作られるようになると、貴族が住む家のふすまや障子にも使われるようになりました。 時代とともに、公家以外にも武人や茶人へと浸透していき、江戸時代には、庶民にも親しまれる存在となります。洛北・鷹峯には、本阿弥光悦らによって「芸術村」が築かれ、光悦桐や光琳松、光琳菊など、今も活用される意匠が数多く生まれ、日本独自の美が発展しました。現在は室内装飾としての新しい用途も生まれ、伝統の技は守られ続けています。 京からかみの手法 ポーセラーツ にじ 市川優香さん(@ichikawayuka)がシェアした投稿 – 8月 26, 2017 at 10:33午後 PDT 京からかみは、版画のように文様を摺り上げてつくられます。伝統文様を手彫りした版木や、使用される顔料、一枚一枚手の平を使って文様を摺り上げる手法は、京からかみに受け継がれている伝統です。 1. 絵の具をつくる まずは接着剤となるノリをつくり、そこに雲母(きら)や胡粉(ごふん)などの顔料を調合し、色調を整えます。雲母は、通常「うんも」と呼ばれる鉱物で、京からかみを作る上で欠かせない顔料です。 2. …
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出典:写真AC こま自体は4000年前にできたと言われております。 日本で「こま」ができたのは、約1300年前に中国から長崎に伝わったものが始まりであり、平安遷都前の藤原京跡から出土されたものが日本最古のこまであるとされています。 そして日本の文献に初めてこまが登場したのは、平安時代初期の「和名類聚抄」になります。 こまは「和名類聚抄」では「独楽都玖利」と表記されており、「こまつむぐり」や「こまつぐり」と呼ばれていました。 ご当地こま① 神代ごま 神代ごまは、宮崎県の郷土玩具の1つです。 宮崎市佐土原町を城下としていた島津佐土原藩で、武士の内職として作られていたと伝えられています。 武家の子弟の玩具であり、端午の節句に魔除けとして贈られていました。 参勤交代の際にも、日向地方のお土産として欠かすことのできないものであったと言われています。 松の煙でいぶして暗褐色に色付けがされており、独特の光沢があることと、島津家の家紋である、丸に十の字がこまに描かれているのが特徴的です。 竹で作られ、胴体にうなり窓、もしくは風切り窓という仕掛けがある「うなりごま」と呼ばれるもので、日本で最も古いこまの形をしています。 廻すと「ブーン」と大きな音を出し、「古形鳴り独楽」「ブンゴマ」と言われることもあります。 ご当地こま② 佐世保こま 佐世保こまは、長崎県のご当地こまになります。 昭和24年に、昭和天皇が佐世保にご訪問された際に、献上品として贈られたことをきっかけに、玩具から伝統工芸品として創作されるようになりました。 ラッキョウ型と呼ばれる形状をしており、ブナ科の広葉樹を材料として作られています。中国「陰陽五行説」に影響された色付けを行なっており、青(緑)、赤、黄、白、黒の五色で色彩が構成されています。 この佐世保こまを廻す際には「息長商問勝競べ(いきながしょうもんしょうくらべ)」という掛け声があります。 これには、こまをどれだけ長く廻せるかを勝負しようという意味と、「証文(勝問とかけている)」を入れて勝負をしようという意味が込められています。 ご当地こま③ 大吉ごま 大吉ごまとは、鳥取県の郷土玩具として残っているこまです。 大吉こまは八方こまと呼ばれるもので、寛文年間に丸木を八角形に削って作られました。 初めは中国で四角面ひねりこまとして登場し、その後に六角として日本で使われるようになり、続いて大吉こまも含まれる、八角のこまが登場するようになりました。 八方こまは、八角に削られたそれぞれの面に吉凶などを書いて、こまを廻して倒れた面で、占いを行なったり賭博を行なったりする為に使われました。 ご当地こま④ 鳴りごま 廻すと音がなるこまを、鳴りこまと呼びます。 …
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一般的に趣味とは、自分が無条件に楽しめるものです。中には没頭して、その世界に入り込んでいくものもありますが、趣味を持つと同じ趣味を持つ仲間が増えたり、一緒に楽しんだりすることができます。 また、趣味は仕事でも特技でもないので、うまくできる必要はありませし、成果を求められることもなく、内容も問われることはありません。 例えば一見変わった趣味も自分が楽しめさえすればそれでよいのです。 しかしながら、その一見変わった趣味は、実際にはじめてみると、思った以上に追究してみたくなり、場合によっては資格取得に繋がることもあります。 資格取得につながる一見変わった趣味とはどんなものがあるのでしょうか。 資格につながる変わった趣味① 折り紙 出典:ぱくたそ 変わった趣味というよりは、日本人にとって折り紙は、物心ついたときからしている遊びで、大人が本格的にもつ趣味というイメージは持ちにくいかもしれません。 しかし、海外ではときおり日本の伝統的アートとして紹介されることもあるのです。 なにより折り紙はほかのクラフト系の趣味とは違い、材料費があまりかかりません。場合によっては折り込みチラシを使っても構わないのです。 そして、そんな折り紙には資格があります。折り紙の資格認定制度は一般社団法人日本折紙協会が認定する民間資格で「折紙講師」を育成するものです。 この資格を取得すると、保育園や幼稚園、介護福祉施設などで指導を行ったり、折り紙教室を開いたりすることもできます。 さらに研修を積めば「折紙師範」「上級折紙師範」などを目指すこともでき、イベントやカルチャー教室の講師として派遣の可能性もあります。 この資格は、日本折紙協会の会員になり、通信講座などを受講し、作品を提出して講座修了証を取得し、講師認定登録を申請することによって取得することができます。 和紙風の折り紙の購入はこちら(外部サイト) 100色折り紙の購入はこちら(外部サイト) 一味違う、和紙風の折り紙です。 資格につながる変わった趣味② 消しゴムはんこ 出典:写真AC 消しゴムではんこをつくること自体、一見変わった趣味といえますが、消しゴムはんこは木版などの素材よりも身近で、加工しやすく手軽にはじめられることから、主婦などを中心にブームになっていて、「けしはん」とも呼ばれています。 現在ではこのけしはん用の消しゴムも100円ショップなどで販売されているほか、専用に設計された高級材料もあります。 技能認定の制度は、日本イレイサースタンプ振興会(JESCA)が設けていて、初級がアドバイザー、中級はインストラクター、そして上級がクリエイターと3段階に分かれています。 この資格を取得すると、ボランティア活動に役立てたり、作家として販売活動や講師などにも携われたりする場合があります。 試験は、初級の場合、消しゴムはんこ教室などのイベントに参加してポイントを20点以上集めると申し込みができ、中級と上級には課題作品制作とレポート提出が課せられています。 消しゴムはんこのキットの購入はこちら 消しゴムの購入はこちら 資格につながる変わった趣味③ 掃除 …
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日本の伝統的な履物である下駄。時代の移り変わりと共にだんだんと姿を見せなくなり、夏祭りの時期でしか見かけなくなりました。そんな下駄にはさまざまな種類があります。今回は下駄の歴史や正しい歩き方など下駄についてご紹介します。 下駄とは 出典:ウィキメディア・コモンズ お祭りの時などの和服を着る時に履く下駄ですが、下駄の定義はどんなものなのでしょう。一般的には、下駄というものは鼻緒があって、底の部分に歯がついている日本の伝統的な履物のことを指します。 2本歯が付いている駒下駄や前の葉が斜めになっている千両下駄、 浴衣セットによくついてくる形の右近下駄、昔のアニメに出てくる学ラン姿の男子生徒や天狗、修験僧が履いているイメージの強い歯が1本だけの高下駄など様々な種類の下駄があります。 多くは木製でできており、その通気性の良さから日本の気候に合った履物だと言えるでしょう。 下駄はいつから履かれていた? 出典:写真AC 下駄の歴史はかなり昔まで遡ることができます。古墳時代の遺跡から田下駄と呼ばれる下駄が出土しています。 その後奈良、平安時代に入ると、中国から伝わったとされている沓(くつ)が履かれるようになり、それが日本風に変化して、下駄の前身だとも言われる足駄や表付下駄と呼ばれる履物が登場しました。 この頃はまだ貴族の履物でしたが、江戸時代になると流行に合わせたファッションとして駒下駄を始め様々な種類の下駄が履かれるようになり、明治時代には大衆にも一般化していったと言えるでしょう。 また、田下駄を始めとする仕事道具としての下駄も重宝され、水中作業や熱作業などの用途に合わせてネヅラ下駄、足桶、床下駄(とこげた)、茶切り下駄等が登場しました。 下駄と草履・雪駄との違い 出典:写真AC 雪駄のルーツは草履だと言われています。草履は履きやすさを求めて特殊な加工はされてきませんでした。 しかし、雨の日や雪の日などは水分が草履にしみ込んでしまい具合が良くないので下駄を使ったりしていましたが、下駄だと雪の日には歯の間に雪が挟まってしまい動きにくいという難点がありました。 そこで草履に防水のための加工がされたのが雪駄であり、雪駄は草履の一種だとも言えるでしょう。では、下駄との違いはどこなのでしょう。 まず挙げられる違いは材質です。草履は革製のものが多いのに対して、下駄は木製のものがほとんどです。また一般的には草履の方が下駄よりも格式が高いと言われています。 フォーマルな和装に合わせる履物として草履があり、底の厚みが厚い方がより格式高いと言われています。 下駄はもっとカジュアルな浴衣などに合わせる履物です。気軽に履くことができるので裸足で履かれることが多く、最近では洋装に合わせて履く人も出てきました。 下駄の選び方・鼻緒ズレ対処法 出典:写真AC 浴衣を着て花火大会などに出かけたものの、途中で足が痛くなって歩けなくなってしまった経験がある人も少なくないでしょう。どうやって下駄は選んだら良いのでしょうか。 下駄には様々な形のものがありますが、大事なのは履き心地です。自分の足に合ったものであればいいのですが、商品として売られているものはSMLなどのサイズ表示しかされていません。 オーダーするのでない限り鼻緒は既にすげてあるものがほとんどで、この鼻緒があたる部分が痛くなってしまうことが多いのです。自分の足に合わせてすげてもらうのが一番ですが、既製品ではそうもいきません。 買った後に鼻緒の部分を少しほぐして履きやすくしておくのが良いでしょう。また、鼻緒の太さも細いものではなくある程度太くて柔らかいものを選ぶと良いでしょう。 また、夏祭りなどで慣れない下駄を履いて鼻緒ズレをしてしまった経験がある方もいるのではないでしょうか?そこで、その場でできる応急処置的な対処法をご紹介します。 人差し指が前壺にあたって痛い場合 下駄の中心線に合わせて履きがちですが、下駄の中心線と足の中心線をずらして斜めに履きます。こうすることで、前壺と指の間に隙間を作り、擦れる痛みが軽減されます。 …
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ホームステイで欧米の家にお世話になる際、お土産はどうしたらよいのか悩む方が多いのではないでしょうか。 文化や食生活が異なる相手にお土産をあげる場合には、お土産選びには非常に苦労します。 この記事では、欧米のホームステイ先が好む確率の高いお土産をご紹介しますので、ぜひ参考にしてください。 ホームステイ先で喜ばれる日本のお土産① 漢字が書かれた衣類 欧米人は日本語が書いてあるものが大好きです。 特に漢字が書いてあると、意味はさておき「クール!」と言って喜んでくれる傾向があり、漢字Tシャツはお土産におすすめです。意味をしっかり説明してあげるとなお喜ばれること間違えないでしょう。 ただし、サイズがはっきりしない場合は、かえって着ることができずにがっかりさせてしまうので、サイズが分かっている場合に限ります。 浴衣や甚平なども好みますが、Tシャツ同様サイズ選びが難しいので、注意してください。 ホームステイ先で喜ばれる日本のお土産② うちわや扇子など、和風な小物 ホームステイで大量の荷物を持った中、衣類は持参する際かさばってしまうので、小物が良いということであれば、飾っても良し、使っても良しの扇子やうちわがおすすめです。 うちわや扇子は高級感や値段にこだわるより、町のお祭りで配っていたものなどオリジナリティがあるものや、100円ショップのものでも問題ありません。 欧米にはあまりお土産文化があまりありませんので、あげるだけでも喜んでくれますし、かえって高級なものは困るという人が多いです。 このほか、お酒が好きな相手であれば、徳利やおちょこなども喜ばれますが、割れ物なので梱包には注意してください。 ただ、ラッピングはクリスマスの時以外あまりこだわりませんので、日本の新聞紙でくるんであるというのもまた逆に喜んでくれるはずです。 ホームステイ先で喜ばれる日本のお土産③ 日本のお菓子や飲み物 日本人が相手なら、無難なお菓子は誰にでも喜ばれるお土産として人気ですが、欧米人が相手の場合は少し迷います。 甘い味付けの豆は好まない欧米人が多いので、餡が入ったお菓子はおすすめできません。 逆にチョコレート系はなんでも好むことが多いですが、せっかく日本らしいお土産を持参するのであれば、抹茶味が珍しくて喜ばれます。 このほか、お茶に関しては欧米では日本ほど流通していないため、緑茶以外のほうじ茶やそば茶などは珍しく喜ばれます。使いやすいティーパックタイプがおすすめです。 また、これは好みが分かれますが、ふりかけやお茶漬けを好む人がいるので、ものは試しに持参しても良いでしょう。 好まない場合でも処分に困るものではありませんし、もし気に入ってくれたらラッキーです。 ホームステイ先で喜ばれる日本のお土産④ 文具などの日用品 欧米人にとって人気があるのは何より「日本製」の商品です。 特に人気なのは日本製の文房具です。消えるボールペンやマスキングテープ、付箋など日本のオリジナリティあふれるデザインが絶賛されるなど、欧米には無い商品が大変喜ばれます。 何をお土産にしたらよいかわからないという場合には、こうした文具を持って行けば間違いないでしょう。 ホームステイ先が喜ぶお土産選びのポイント …
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月下氷人、やや耳慣れない言葉ですね。ぱっと見ただけでは、サボテン科の花「月下美人」と間違って読んでしまいそうです。「月下氷人」、一体どういうときに使う言葉なのでしょうか。 月下氷人の意味 出典:写真AC 例えば、「恩師に月下氷人を勤めていただくことになった」など、あるおめでたい儀式関連で使えるんですよ。 もうわかりましたか?「月下氷人」とは男女の仲立ちをしてくれる仲人さんのこと。省略形で、「氷人」と呼ばれることもあります。 月下氷人の由来 ・言葉の背景・語源 それではどのような由来から、仲人さんが月下氷人と呼ばれるようになったのでしょうか。実は、中国の故事からきているのだと言われています。話は遡って、唐の時代を見ていきましょう。 「月下」の部分は、月野の晩に韋固(いご)という若者が、将来自分の妻になる人を告げられたという話からきています。このとき予言した老人を、月下老人といいます。 また、「氷人」については、晋の時代へ行ってみましょう。狐策(こさく)という人物が占い名人に自分の夢を占ってもらいました。「氷の上に立ち、氷の下にいる人と話す」という不思議な夢です。すると占い師は狐策が仲人を務めるという予言をしたのです。 その後狐策は占い師の言うとおり、結婚の仲介役を務めたということです。この狐策が氷上人、あるいは氷人と言われ、「月下氷人」という言葉が生まれました。 月下氷人の例文を紹介 出典:写真AC 冒頭でも例を挙げましたが、さらに例文を見てみましょう。日常生活ではあまり使われない言葉であり、実際に耳にしても「何のことですか?」と質問したくなるかもしれませんね。 わざわざ仲人を立てる人も以前に比べて少なくなりましたから、なおさらわかりにくいかもしれません。それでもこの美しい日本語を使って、仲人にまつわる例文を考えてみましょう。もしそのようなおめでたい機会があれば、どんどん使ってみたいものです。 「結婚することが決まりましたので、○○さんに月下氷人をお引き受けいただきたいのですが」 このように、上司に対して仲人をお願いするときに使えます。また、 「○○さんからぜひ月下氷人をと頼まれたときは、正直役不足かと思いました」 仲人を頼まれる側でも、同じような使い方ができます。 日本人なら知っておきたい国語の知識「国語」の記事一覧 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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お節料理を入れる重箱や汁物を入れる椀など、日本には伝統的な漆器があります。そのなかでも有名なのが富山県の伝統工芸である「高岡漆器」。江戸時代に誕生したその歴史や代表的な技法、そして、装飾技法である螺鈿細工にチャレンジできるお店をご紹介します。 富山の伝統工芸「高岡漆器」の歴史 高岡漆器は、17世紀のはじめ、江戸時代初期に、加賀藩の二代目藩主であった前田利長が作らせたことに始まっています。前田利長は、加賀に高岡城を築城した時に、全国各地から職人や商人を高岡の町に呼び寄せて城下町をつくりました。 そして、箪笥や膳など日常生活の中で使用する家具や什器を高岡漆器で整え、さらに武具にも採用したのです。当初は、赤茶色に塗られた赤物(あかもの)という漆器が主流であり、販路は高岡の町にとどまらず、北海道にまで広がったといいます。 そして、江戸中期になると、中国から堆朱(ついしゅ)、堆黒(ついこく)という漆を塗り重ねることで紋様を描き出す技法が伝来してきました。堆朱というのは朱漆を数十回も重ね塗りして彫刻を施したもので、堆黒は黒の漆を使用しています。 こうした鮮やかな色漆を重ねることで漆器に立体感を生み出す彫刻塗や錆絵(さびえ)、螺鈿(らでん)、存星(ぞんせい)など、現代に伝わるさまざまな技巧を凝らした漆器が誕生したのです。 富山の伝統工芸「高岡漆器」の特徴 高岡漆器には今に伝わる3つの代表的な技法があります。ひとつは「彫刻塗」と言われるもので、江戸中期に活躍した辻丹甫がその礎を築きました。木彫堆朱や堆黒などの技巧を施した雷紋や、亀甲の地紋の上に草花鳥獣、青海波、牡丹、孔雀などの絵柄を表現したものが多数あります。 この技法は、現代では産業としても発展を遂げ、海外でも高い評価を得ています。また、「勇助塗」という技法も高岡塗の代表的な技法で、江戸末期に初代石井勇助が編み出したものです。 勇助は中国の明の時代の漆器について研究を重ね、この技法を編み出しました。そのため、勇介塗は、そこはかとなく唐の雰囲気がにじみ出ていて、花鳥・山水・人物などの錆絵や箔絵が描かれています。 また、青貝、玉石などの装飾がしてあるのも勇介塗の特徴です。そして、「青貝塗」という鮑などの貝殻を使って細かい破片を作り、それを漆器に貼り付けて山水や花鳥を表現したものも高岡漆器を代表しています。 富山の伝統工芸「高岡漆器」に施す螺鈿体験 螺鈿とは沖縄周辺で獲れる夜光貝などの貝殻に彫刻をして、漆器や木地にはめ込む技法のことです。貝の表面に色をつけたり、貝の裏面に金箔や銀箔で装飾を施したりしたものを色底螺鈿といいます。 螺鈿には厚みのある貝殻を使ったものと薄い貝殻を使ったものがあり、厚貝は真珠のような鈍い色の光沢を放ち、薄貝の場合は、青から赤へと変化する貝の膜層を利用した色合いが特徴です。 高岡には、この螺鈿細工を体験できる施設があります。「はんぶんこ」という店なのですが、江戸時代から続く金物屋「金七金物店」をリノベーションした建物を使って職人の手による工芸品の販売をしています。ここでは、螺鈿細工体験以外にも錫のぐい呑を作るワークショップに参加することができるのです。 螺鈿細工のワークショップでは、鮑の貝殻を薄く切ったものに皮を使って貼り付けます。おにぎり型の弁当箱か手鏡のいずれかひとつに自分で考えたデザインの螺鈿細工を施すことができます。 お子様も参加できるので、親子で螺鈿細工にチャレンジすることも可能です。完全予約制で、金曜、土曜、日曜が開催日です。詳しくは下記までお問い合わせ下さい。 施設名:はんぶんこ 住所:富山県高岡市小馬出町63 電話番号:0766-50-9070 URL: http://hanbunko.org/ 陶器の器もいいですが、時には木の器も温もりが感じられ、伝統工芸品の重み漂う高岡漆器を使ってみてもいいのではないでしょうか。ぜひ、高岡を訪れ、長い歴史に育まれた高岡漆器の美しさに触れてみて下さいね。 そして、その際にはぜひ螺鈿細工の体験もおすすめします。 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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出典:写真AC 日本では古くから、着物や工芸品に様々な文様があしらわれてきました。吉祥文様は、その中でもとりわけ縁起が良いものとされています。 文様ははじめ大陸から伝わってきたため、その図案も龍や鳳凰、松竹梅、四君子といった中国の文化を色濃く残していました。 しかし、平安時代になると遣唐使が廃止され、それにつれて、橘(たちばな)や藤、扇(おうぎ)、熨斗(のし)などの日本らしい図案が、貴族の間で有職文様として定着します。 やがて鎌倉時代になると武家に、江戸時代になると庶民にも多く用いられるようになり、様々な図柄が発案されていきました。 その中で吉祥文様は、繁栄や長寿を表すものとして、様々なお祝い事の品物や日用品に広まっていったのです。 吉祥文様の種類①「麻の葉文様」 出典:写真AC 正六角形の内側に、6つの菱形(ひしがた)が放射状に広がる幾何学的な模様です。見た目が麻の葉に似ていることから名づけられました。 麻は成長が早く、繊維が通気性に優れ、江戸時代以前は衣類として最も広く使用されていた素材です。他にも食用にできるなど、人々の生活にはとても密着した植物でした。 神事では、お祓いに用いられる大幣(おおぬさ)にも用いられています。 その影響もあり、麻の葉文様は魔除けの吉祥文様として、平安時代には仏像の装飾に、鎌倉時代から室町時代にかけては繍仏に多く見られるようになります。 さらに江戸時代には、歌舞伎役者の岩井半四郎が八百屋お七役、嵐璃寛がお染役で麻の葉文様をあしらった衣装を着用していました。以来、町娘役には定番の文様となって、若い女性たちの間でも大流行しました。 また、麻は虫もつかず強くまっすぐ育つことから、赤ん坊の成長を願って産着にも多く用いられました。 現在でも、着物や帯、襦袢をはじめ、工芸品や建具にまで広く見られる吉祥文様です。 吉祥文様の種類②「紗綾形」 出典:写真AC 「卍」を菱形にゆがめ、文字同士を迷路のように繋いだものが吉祥文様です。万字繋ぎ一種で、「菱万字」ともいいます。 インドでは卍の形は太陽をあらわしたものともいわれ、古くからヒンドゥー教や仏教で用いられてきました。 日本では名物裂に多くあることから、明の頃に伝わったと考えられています。 安土桃山時代には、染織品として広く用いられるようになりました。 卍の字がどこまでも途切れずつながっていることから、家の繁栄や長寿を願う不断長久の吉祥文様として扱われています。 紗綾というのは、江戸時代の前後に中国から輸入していた四枚綾の絹織物のことです。その文様に多く用いられていたため、この名がつきました。 光の具合や見る角度によって陰影が変わるのが特徴で、江戸時代には紗綾形に菊や蘭をあしらった「本紋」の綸子もさかんに作られるようになります。 唐紙や神社などにも見られ、黄檗山万福寺の各所に施された「くずし卍」の装飾は有名です。現代では、時代劇や演芸番組のふすまなどでもおなじみです。 日本の”粋”な伝統工芸を集めた「伝統工芸品」の記事一覧 洋服にも合うオーダーメイドの下駄・鼻緒すげ体験 【シチュエーション別】着物の種類を紹介 【着物にも使われる絹の一種】紬(つむぎ)の魅力|紬の着物を着る意味とは 吉祥文様の種類③「入子菱」 …