【職人が丹精込めて作るおもちゃ】おすすめのご当地「こま」6選

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こまの歴史

こま自体は4000年前にできたと言われております。 日本で「こま」ができたのは、約1300年前に中国から長崎に伝わったものが始まりであり、平安遷都前の藤原京跡から出土されたものが日本最古のこまであるとされています。

そして日本の文献に初めてこまが登場したのは、平安時代初期の「和名類聚抄」になります。 こまは「和名類聚抄」では「独楽都玖利」と表記されており、「こまつむぐり」や「こまつぐり」と呼ばれていました。

ご当地こま①

神代ごま


出典:日本ねっ島

神代ごまは、宮崎県の郷土玩具の1つです。 宮崎市佐土原町を城下としていた島津佐土原藩で、武士の内職として作られていたと伝えられています。

武家の子弟の玩具であり、端午の節句に魔除けとして贈られていました。 参勤交代の際にも、日向地方のお土産として欠かすことのできないものであったと言われています。

松の煙でいぶして暗褐色に色付けがされており、独特の光沢があることと、島津家の家紋である、丸に十の字がこまに描かれているのが特徴的です。 竹で作られ、胴体にうなり窓、もしくは風切り窓という仕掛けがある「うなりごま」と呼ばれるもので、日本で最も古いこまの形をしています。

廻すと「ブーン」と大きな音を出し、「古形鳴り独楽」「ブンゴマ」と言われることもあります。

ご当地こま②

佐世保こま


出典:長崎観光サイト

佐世保こまは、長崎県のご当地こまになります。 昭和24年に、昭和天皇が佐世保にご訪問された際に、献上品として贈られたことをきっかけに、玩具から伝統工芸品として創作されるようになりました。

ラッキョウ型と呼ばれる形状をしており、ブナ科の広葉樹を材料として作られています。中国「陰陽五行説」に影響された色付けを行なっており、青(緑)、赤、黄、白、黒の五色で色彩が構成されています。

この佐世保こまを廻す際には「息長商問勝競べ(いきながしょうもんしょうくらべ)」という掛け声があります。 これには、こまをどれだけ長く廻せるかを勝負しようという意味と、「証文(勝問とかけている)」を入れて勝負をしようという意味が込められています。

ご当地こま③

大吉ごま


出典:日本の独楽

大吉ごまとは、鳥取県の郷土玩具として残っているこまになります。 大吉こまは八方こまと呼ばれるもので、寛文年間に丸木を八角形に削って作られました。 初めは中国で四角面ひねりこまとして登場し、その後に六角として日本で使われるようになり、続いて大吉こまも含まれる、八角のこまが登場するようになりました。

八方こまは、八角に削られたそれぞれの面に吉凶などを書いて、こまを廻して倒れた面で、占いを行なったり賭博を行なったりする為に使われました。

ご当地こま④

鳴りごま


出典:日本の独楽

 廻すと音がなるこまを、鳴りこまと呼びます。 横に開けた穴から空気がはいり、「ボー」という音が鳴るようになっています。 平安時代に中国から入ってきた「唐独楽」が元になっているとされています。 鳴りこまは、日本でも様々なところろで作られていて、 いくつか変わった鳴りこまを1つご紹介します。

奈良の鳴りこまである、東大寺大鐘こまというこまがあります。 大鐘こまは、昭和30年頃に奈良東大寺梵鐘・鐘守4代目の川邊巖氏によって発案されました。

大鐘こまは、東大寺の大鐘をモデルとして作られ、大きな鐘の形状をしており、非常にユニークな形をした鳴りこまになります。

大きさも、およそ3cm大のものから6cm大のものまであり、それぞれの側面に毛筆で細かい文字が書かれてあります。

また奈良の鳴りこまには、奈良大仏釣鐘コマと呼ばれるものもあり、 それには、側面に奈良大仏と釣鐘が描かれています。

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