愛媛といえばみかん。最近では、品種改良でいろんな種類おいしいみかんがお目見えしています。そんな、みかん天国、愛媛ならではの柑橘専門店が「10FACTORY(10ファクトリー)」。 「10ファクトリー」のスタイリッシュなお店には、みかんジュースやジャム、アイスやみかんビールまであります。カフェとして店内でいただくこともできますし、お土産にお持ち帰りもできます。道後温泉商店街にある「10ファクトリー道後店」を訪ねました。 「10ファクトリー」で名産みかんをおしゃれに 愛媛県松山市にある道後温泉。市内電車のとまる道後温泉駅に近いアーケードのある商店街の入り口に「10ファクトリー道後店」はあります。ちなみに松山城の近くに「松山本店」もあります。 入口はこんな感じ。温泉街ではスタイリッシュなお店。観光客がつぎつぎに入っていきます。 「みかんビール!?」美味しいのかな? 他にも、「くちどけ冷凍みかん」の看板も。暑い日だったので惹かれます。 店内はシンプルですがとってもスタイリッシュ。様々な種類の柑橘類の加工品があります。店内はまさに「みかんづくし」。 奥はカフェになっていて、ジュースやアイスなどを座って食べたり飲んだりすることができます。道後温泉に入って商店街をぶらぶらしながら、ここで冷たいジュースやアイスを食べるのは至福ですね。 10ファクトリーのコンセプト 10ファクトリーを運営する株式会社TENは、日本一のみかんの収穫量を誇る愛媛県のみかん産業の発展やブランド化を目標に、その魅力を活かしたオリジナル商品の開発販売を行っています。 おいしさと安全にこだわったこだわりあるみかんの加工品は、パッケージやレシピもとってもおしゃれ。 高齢化が深刻な愛媛のみかん農家が、次世代にも継承できるように、産地と直接つながって愛媛のみかん産業を盛り上げていこうとしています。 10ファクトリーの柑橘商品 こちらはみかんジュース「清見」。「清見」はみかんとオレンジをかけ合わせた「タンゴール」の国産第1号。高価ですがとにかく甘くておいしい、 こんなジュースを飲んだことのないほどにとろりとした甘さです。清見を丁寧にしぼってそのまま瓶詰めにしたような100%ストレートのジュース。 ↑おなじくジュースでこちらは「河内晩柑」。和製グレープフルーツの名をもつさっぱりとしたみかん。 ↑これは「甘夏」。夏みかんの甘夏は、すっきり爽快な香りと苦味が特徴。夏のジュース。 ↑こちらは「伊予柑」。ジュースもいろんな種類がありますね。 ↑こちらはドレッシング類。ノンオイルでさっぱり。 ↑みかんコンポート ↑ドライみかん ↑ハンディゼリー「いよかん」 お中元やお歳暮、内祝などのギフトにもおすすめです。詰め合わせセットも発送できます。 「10ファクトリー」のカフェスペースでみかんジュースを飲み比べ カフェで「みかんジュースお試し3種セット」を頼んでみました。ちっちゃなかわいいグラスに入ったみかんジュースが3つ並んで出てきます。 飲み比べをしてみました。 「河内晩柑」「清見」「甘夏」の3種類。この中では「清見」が甘くて一番好きです。 アイス類もおすすめです。「レモン」「河内晩柑」「甘夏」などなど柑橘系のアイスの種類がいろいろあります。色んな種類を食べ比べしてみたくなります。 車で来ていたので飲めませんでしたが、「みかんビール」や「みかんハイボール」も試してみたいです。 …
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出典:Amazon 木目金の技術を用いた製品は、現代でもいくつも見られますが、毎日使いたいアイテムとしては包丁が挙げられます。木目金の包丁は、歯の部分が木目調になっていて美しいだけでなく、切れ味のよさでも定評があります。 刃の中央の部分には堅めの金属を用い、周囲は柔らかめの金属にしていることで、食材の硬さや形状に合わせて、しなやかに包丁が寄り添います。そして、中心部の硬めの金属が思い通りの場所に包丁を進めていき、しなやかに切ることができるのです。 周りの金属が柔らかいことで、欠けなどが少なく、長く使うことができます。 たばこ好きにはうれしい!おしゃれな木目金のZIPPO 特にタバコを吸うことが多い方にはたまらない商品が、木目金のZIPPOライターです。 ZIPPOは重厚感のあるデザインや独特の音、使い心地が人気ですが、薄く延ばした木目金をライターに貼り付けることにより、使い心地はそのままで、他では見ることのできないオリジナリティのあるライターに変化します。 繊細な木目調の模様とどっしりした金属の質感が、いつもの喫煙タイムをより充実させてくれます。 大事な記念の指輪に木目金の指輪 近年、多くの人に注目されている木目金の製品が、アクセサリー類です。中でも、木目金の指輪はシンプルなリングでもこだわって作られていることが良くわかり、非常に人気が高い一品です。 婚約指輪や結婚指輪として使う場合、カラーゴールドを含むゴールドやプラチナを重ねていきますので、上品な色合いで飽きずに使い続けられます。また、二つの指輪を一枚の木目金の板から作り出すことで、ペアリングとしての絆の深さも感じられます。 プラチナとシルバーのように同系色の金属を組み合わせると、木目が目立たずに品の良い仕上がりですし、ゴールドとプラチナのように色の異なる金属を使うと、インパクトのあるデザインになります。 ダイヤモンドとの相性も良く、男性からの評価も高い、デザイン性のある指輪です。 美しい木目金の小物をお手元に 木目金は、異なる特徴を持つ金属を溶接するという特性上、非常に高い技術力を要します。 気温や湿度、材料の金属の品質などでも仕上がりが左右されますので、美しい作品に仕上げることができる職人は限られています。そのため、入手しづらいアイテムではありますが、飽きのこない美しさや使い勝手の良い質感など、他ではなかなか実現できない魅力があります。 過去にも木目金の技術は途絶えたことがありますし、今後も必ず入手できるとは限りません。希少性、美しさ、耐久性など、様々な点においてすぐれている伝統工芸品として、木目金の品物を手元においてはいかがでしょうか。 使うごとに愛着が湧く、手放せないパートナーとなるでしょう。 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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【意味】 ゆっくりと動くこと。 【由来】 今の言葉で言うところの「ようやく」を意味する「やをやく」を短縮した言葉「やを」の後ろに、状態を表現する意味がある「ら」という接尾語が付いたという説。「やはら」から派生した説。 【類語】 おもむろに・ゆっくり・のんびり 【対義語】 急に・突然・やにわに 【英訳】 ー 「彼はやおら歩きだした」という文章を読んで、あなたはどのような状況を頭に浮かべたでしょうか。 文化庁が平成18年度に行なった「国語に関する世論調査」の発表によると、「彼はやおら立ち上がった」という例文の正しい意味を答えられた人の割合は、40.5パーセントという全体の半数以下という結果になりました。 あなたが思い浮かべているその答え、本当に正しいのでしょうか。これから「やおら」の意味や由来についてご紹介していきます。 やおらの意味 出典:ぱくたそ さて、日本人の半数以上が意味を間違えて覚えてしまっている、「やおら」 ですが正しい意味はどんなことなのでしょうか。 「やおら」という言葉には「ゆっくりと動く」や「静かに」、「そっと」などを表現した意味合いがあります。 「やおら」と似た発音の言葉に「やにわに」がありますが、こちらは「急に」などの意味がありすので、こちらの言葉と混同して覚えてしまっている人が多いように思えます。 やおらの由来 ・言葉の背景 出典:ウィキメデイア・コモンズ さて、この「やおら」 の語源はどんな背景があるのでしょうか。 まず1つ目の説ですが、 今の言葉で言うところの「ようやく」を意味する「やをやく」を短縮した言葉「やを」の後ろに、状態を表現する意味がある「ら」という接尾語が付いたという説です。「ようやく」には「やっと」や「だんだん」という意味合いがありますので、 その言葉を引き継いだ「やおら」が同等の意味であると言う訳です。 もう一つの説は、「やはら」という言葉があるのですが、この「やはら」は漢字で「柔ら」または 「和ら」と表現します。漢字から分かるように、「やはら」という言葉は「やわらかい」、「おだやか」などの意味を表現しているのですが、この「やはら」という言葉と「やおら」の語源が同じという説です。 どちらの説にしましても、前に示した「やおら」の意味合いには近い「ゆっくり」とか「静か」なイメージがある言葉が由来となっていることが分かります。 …
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出典:写真AC 京都には上七軒、先斗町、宮川町、祇園甲部、祇園東の5つの花街があり、まとめて五花街と呼ばれています。「舞妓」はその花街にある置屋に所属する15歳~20歳の女性で、芸妓の見習い段階のことをいいます。 置屋というのは、舞妓が共同生活を営む下宿所兼事務所の役割をする場所です。 花街は、この置屋が集まる地域故に花街と呼ばれているのです。舞妓のルーツは今から約300年前の江戸時代に遡ります。 京都の東山にある八坂神社の周辺で、寺社仏閣に参詣する人や街道を旅する人々にお茶を振る舞った水茶屋の「茶立女」がルーツで、始めはお茶や団子を提供していたものにやがてお酒や料理が加わり、そして三味線などの芸を披露するように変わっていきました。これが唄や踊りでお座敷の宴席を盛り上げる現在の舞妓の形になりました。 ちなみに、京都の街を歩いていると舞妓さんとよく似た恰好をした若い女性を見かけることがありますが、あれらの女性は舞妓体験をしている観光客で、本物の舞妓さんではありません。京都に住む人でも本物の舞妓さんを見かけることは意外と少ないのです。 舞妓と芸妓の違い photo by Kentaro Ohno 「舞妓」は「芸妓」の見習い期間の女性のことを指します。 舞妓は中学校を卒業してから置屋に入り、修行を積みます。舞妓になるにも約1年の準備期間があり、芸妓の身の回りの世話をする「仕込み」期間を経てから舞妓として修業を積むことになります。 晴れて舞妓になると、今度は一人前の芸妓になるために唄や踊り、三味線といった芸事を日々練習し、着物の着付けや髪のセットなどの身だしなみも美しくスピーディーにできるように鍛錬を積みます。舞妓らしい京言葉や生活全般についての指導もここで受け、厳しい規則の中で生活しています。 このような修行を積むと、人によって異なりますが、一般的には20歳前後で舞妓から芸妓になることができます。芸妓になると、今まで生活や修行をしていた置屋を出て、自分で生計を立てていきます。最初は置屋がサポートしてくれますが、いつかは独り立ちしなくてはなりません。 なので、芸妓にとっては自分でお得意様を作ったり、お座敷に呼んでもらえるようにしたりする営業の能力がとても重要になるのです。 年齢とともに仕事や生活の状況が大きく異なる舞妓と芸妓ですが、その違いは髪や着物といった外見にも表れています。 舞妓の髪は地毛で、一度結いあげると寝ている時も含めて一週間そのままに保ちます。髪飾りは華やかな簪(かんざし)をたくさん着けます。 一方芸妓の髪は地毛ではなくカツラで、簪(かんざし)などの髪飾りはあまりつけません。 着物も、舞妓は色鮮やかで柄の入った振袖を着ますが、芸妓は黒や色がついていても無地のシックなものを着ます。 さらに、舞妓の帯は全長5~6メートルもある「だらりの帯」と呼ばれるものを着けます。それだけでなく、下駄も高さが10cmほどもある、丸みを帯びたぽっくり下駄を履きます。 芸妓に比べて舞妓がかなり華やかな外見になることがお分かりいただけたでしょうか。見た目でも違いを判断することができるのです。 舞妓の仕事 photo by Japanexperterna.se 先ほど述べたように、舞妓はあくまで芸妓になるための見習い期間なので、その本分は修行であるといえます。しかしながら、修行を積む中である程度の実力が認められるとお座敷に呼ばれ、実際のお客さんの前で身に着けた芸事や所作を披露する機会が与えられます。 この時は芸妓と同じように宴席を盛り上げ、お客さんを楽しませることが仕事です。お座敷は日常からはかけ離れた癒しの世界です。お客さんにお酌をしたり、コミュニケーションを取ったりしてお酒やお食事をも含めたその空間、時間を存分に楽しめるようにすることも舞妓の役目です。 舞妓の年収/勤務体系/福利厚生 舞妓には決まった給料はなく、したがって年収はありません。なぜなら、置屋が舞妓の生活を預かり、世話をしている修業期間だからです。 しかし、実力が認められてお座敷に呼ばれるようになるとその場でお客さんからおひねりが貰えることもありますし、置屋で面倒を見てくれるお母さんからお小遣いが貰えることもあります。 いずれにせよ、生活は保障されているものの現金収入はお小遣い程度のものと見ておいた方が良いでしょう。 …
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京都市内から車で北上すること約50分、街の喧騒から離れた山中にある貴船エリア。中心部には水の神様を祀る貴船神社があり、近くの鞍馬山と併せてパワースポットとしても知られています。5月から9月末までの間は、水面の上に川床(かわどこ)が組み立てられ、自然のなかで優雅に食事を楽しむことができます。 料亭旅館が数多く建ち並ぶ場所ですが、おすすめなのは上流にある「兵衛」。貴船神社の神主だった先代がはじめたという由緒正しい旅館です。春は山菜料理、冬はぼたん(猪)鍋と、四季に合わせた多彩なメニューを提供しています。もちろん夏だけの会席料理も用意しており、「鱧の膳」(13,000円)が特に人気です。 鱧づくしのコースに舌鼓 「鱧の膳」は、目にもうつくしい八寸からはじまります。生麩にヤマモモ、じゅんさい、ごま豆腐と、食べるのが惜しくなってしまうほど。お造りや炊き合わせ、鮎の笹焼きの後に鱧料理が次々と出てきます。メインは「鱧しゃぶ」!上品なだしにさっと身をくぐらせて、アツアツのところをほおばると最高なんです。 梅だれでさっぱりといただく鱧寿司も絶品。口の中でほろほろと身がほどけて、優しい甘みだけが残ります。また鱧は淡白なので、日本酒だけでなくワインにもぴったり。あふれる緑を間近に眺め、涼しい風を感じながら旬の食材とお酒をともに味わう…。まさに、至福のひとときです。 そして締めの料理まで鱧にゅうめんと、その魅力を余すことなく味わえます。一品ごとのボリュームは控えめですが、時間をかけてゆっくり食事をするので、デザートが出てくる頃にはお腹いっぱいに。しっかりとお腹をすかせて訪れましょう。食事、宿泊ともにインターネットでの予約が可能です。気になる方は、公式サイトをチェックしてみてくださいね。 夏の京都は粋に、川床で郷土料理を 初夏から初秋にかけての短い期間だけ楽しめる、貴船での川床料理。地元の人も毎年訪れるという、夏の風物詩です。せっかく京都にお出かけするなら、京文化を代表する鱧料理を経験しない手はありませんね。食後は、貴船神社に参拝したり、カフェやおみやげショップに立ち寄ったりと、周辺をのんびり散策するのもおすすめです。 文・写真/ゆさ みずあ この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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https://www.photo-ac.com/ 昔ながらの洋食屋さんや中華料理店のショーウインドーで見かける食品サンプル。 とてもリアルでまるで本物の料理みたいなものもありますよね。そんな食品サンプルはどうやって作られているかをご存知でしょうか。実際に食品サンプル作りを体験し、楽しみながら作り方を学ぶことのできる施設があります。 今回は食品サンプルの歴史も合わせて、食品サンプル作りを体験できる施設を紹介します。 食品サンプルとは 食品サンプルは、合成樹脂や蝋で作られた料理の模型のことをいいます。 そのかわいらしい見た目から、最近では、食品サンプルをコレクションしたり、自分で食品サンプルを作成する食品サンプル作りが、流行っています。 食品サンプルというと、ハンバーグやオムライスなど洋食をイメージする人も多いかもしれませんが、実は、食品サンプルは日本で生まれたものなのです。 食品サンプルの歴史 https://www.photo-ac.com/ 食品サンプルは、大正末期から昭和初期に日本で発明されたといわれています。その頃の資料が少なく、食品サンプルを誰がいつ発明したかなど、はっきりとした誕生の由来はわかっていません。 同時期に複数の職人の手によって食品サンプルが作られるようになったのが、始まりだといわれています。 大正末期から昭和初期にかけて、日本では百貨店の食堂が流行し、洋食の外食文化が広がりました。百貨店の食堂では、店頭で食品サンプルが展示されるようになります。 今のように庶民に洋食が身近ではなく、カラー写真がなかった時代に、料理を伝えるわかりやすい方法として、食品サンプルは重宝されました。そして、商品サンプルは東京から全国各地へと広がるようになったのです。 1970~80年代にかけて、元々、蝋を原料としていた食品サンプルは、原料を合成樹脂に変更するなど、さらに耐久性を増したものになります。 現在では、食品サンプルは、レストランの展示品としてだけではなく、そのリアルな見た目やかわいらしさにも注目されるようになりました。また、食品サンプル作りにも人気が集まっています。 食品サンプル作りの工程 食品サンプル作りの工程を簡単に説明すると、次のとおりです。 1、シリコンで食材の型をとる。 2、固まったシリコンから、食材を抜き取る。 3、できたシリコンの型に、樹脂を流し込む。 4、型に入れたまま、オーブンで加熱し、樹脂を固める。 5、シリコンの型から、固まった樹脂を取り出す。 6、固まった樹脂の細かい部分を成形する。 7、筆やエアブラシで樹脂に着色する。 8、それぞれのパーツを並べて、接着剤で固定する。 9、食品サンプルが完成 シリコンや樹脂など家にはなかなか無いものを使うので、食品サンプル作りって、意外と難しそうだと思いましたか? 実は、食品サンプル作りは、作成している工房などで、簡単に体験することができます。 食品サンプル作りを体験できるスポット3選 …
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豊田おいでんまつりは、豊田おいでん祭り実行委員会が主催し、毎年7月に愛知県豊田市で開催される花火が打ち上げられるお祭りです。「おいでん」は三河弁で「おいで」を表す言葉で、1968年に始まった豊田まつりが前身です。 豊田まつりの中でみんなで踊る「おいでん総踊り」が出来上がり、「おいで」の方言である「おいでん」という言葉が入った「豊田おいでん祭り」という名称になりました。 豊田おいでんまつりには、「おいでん総踊り」と「リトルおいでん」「おいでん花火大会」が合わさった行事で、毎年7月の最後の週の土曜日から日曜日にかけて二日間行われます。 おいでんまつりのおいでん総踊りでは、「マイタウンおいでん」と「おいでんファイナル」の部門があり、それぞれの部門で盆踊りや舞をはじめ、現代風のダンスやチアガールによるチアダンスなどが披露されます。おいでんまつりの最終日の日曜日に行われる花火大会は、その豪華さ、盛大さは計り知れません。 おいでんまつり 2018年の日程・アクセスなど 出典:写真AC 2018年、豊田おいでんまつりは7月28日土曜日から29日日曜日にかけて開催されます。花火大会は2日目の39日日曜日に、午後7時10分から午後9時までの約2時間にわたって花火が打ち上げられます。打ち上げ場所は白浜公園一帯で、白浜公園の周辺にある公園などから見物することができます。 土曜日に開催される豊田おいでんまつりは、名鉄豊田市駅東側一帯で開催されます。各会場周辺に駐車場が用意されていますが、例年相当な混雑が起きているので朝早いうちに会場周辺へ到着していることをおススメします。 電車で会場入りする場合は、名鉄豊田線の豊田市駅か愛知環状鉄道の新富田駅で下車し、会場までは徒歩10分程度となっています。 おいでんまつり花火大会の歴史 豊田おいでんまつりの起源は、1968年8月に明治改元100周年を記念して、以前から行われていた天王・扇まつりと同時に行われたのが、第一回目の豊田まつりだとされています。 その豊田まつりから豊田おいでんまつりに名前が変わったのは1989年で、トヨタ自動車が開催する夏祭りが大きな賑わいを見せたことにより祭りに対するてこ入れ策が止められ、「おいでん盆踊り」が出来上がり豊田おいでんまつりができたとされています。 以前は7月の最終の金曜日から日曜日にかけて3日間行われていましたが、現在では混雑や規制などのため土曜日と日曜日のみの開催となっています。 おいでんまつり花火大会の特徴・見どころ 出典:Wikimedia Commons 豊田おいでんまつりでは、1万5000発もの花火が盛大に打ち上げられます。何といっても、メロディーに合わせながら花火が打ち上げられ、圧倒的な迫力のワイルドスターマインが次々と打ち上げられ、会場を埋め尽くすナイアガラ大爆布もまた想像を絶する見ごたえさを誇ります。 2018年は豊田おいでんまつり開催第50回目の記念で、例年よりも豪華で盛大なスターマインによる打ち上げが期待されます。 おいでんまつりの座席情報 豊田おいでんまつりでは各会場で椅子やマスの販売が行われています。花火の場合、一人掛けの椅子は1口4000円、2人入ることができる2マス指定席は1口6000円、4人入ることができる4マス指定席は1口1万2000円となっています。 また、眺めのいい堤防は2マス指定席1口8000円、スカイホールペアチケットは1万1000円となています。購入方法は、電話申し込みで購入するか、窓口で直接購入するか、トヨタ生協メグリア店かT-FACEミュージックショップリバー店のチケットぴあで購入するかの3タイプが用意されています。 日本の夏夜を彩る「花火」の記事一覧 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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アイヌ語とはアイヌ民族の言語です。北海道や樺太千島などで昔は広く話されていました。しかし今では日本語あるいはロシア語にとって代わられて、消滅の危機に瀕しています。 中央政府などがなかったため、いわゆる共通語に相当するものがありませんが、初めてアイヌ語を学ぶ人は日高地方あたりのアイヌ語を学ぶことが多いです。 発音も日本語と少し違い、日本語の濁音に当たる発音や日本語にない二重母音などが存在します。 また、音節の最後が子音で終わるようなこともアイヌ語の特徴となっています。 基本的に文字表記はありませんでしたが、現在はカタカナで表記するのが一般的になっております。 子音で終わるような日本語にない発音などは、カタカナの「ク」や「シ」や「ス」などを小さな字で表記することで、音色の違いを反映させるようにしています。文法も複雑な言語です。 アイヌ語の歴史 出典:写真AC 明治時代に入り日本の教育制度が広がってくると、アイヌ民族の同化政策が推し進められました。それによってアイヌ語は日常生活から急速に消えていってしまいました。 アイヌ民族の大人同士の集まりでしかアイヌ語はあまり聞かれなくなり、その子供たちにもアイヌ語を伝えるよりも将来を考えて日本語を身につけさせていこうとするようになったのです。 そのためアイヌ語は「滅びゆく言葉」となりました。ただし、こうした時代の流れの中でもアイヌ語の記録を残し後世に伝え残そうとする人たちもいました。 例えば登別氏の知里幸恵さんは「アイヌ神謡集」という書物を1923年に上梓し、またその祖母の金成マツさんという方はかなり多くのアイヌ語で書かれたノートを残しました。 弟さんはアイヌ語言語学的に研究し解説した書物を残しています。 アイヌ語の知識や言語を後世に伝え残そうと情熱を注ぐ人たちはこのように道内の各地でいらっしゃいました。文字がないと言われていたアイヌ語を、ローマ字やひらがなカタカナなどを用いて書き残す工夫もしたのも彼らでした。 少数民族を大切にする考え方になった現代において、文化人類学などで、このような人たちの取り組みが注目され、各地でアイヌ語を学習する人たちが増えてきているのです。 アイヌ語が語源の地名 出典:写真AC 北海道の市町村名にはかなり多くアイヌ語由来の名称があります。 また東北の北部分にもアイヌ語由来と考えられるような地名がたくさん散見されています。 約8割の北海道の市町村がアイヌ語由来で、例えば稚内など「ない」という言葉が入った地名がかなりたくさんありますが、これはアイヌ語の「沢」を意味する言葉なのです。 また「興部(おこっぺ)市」など「ぺ」がつく地名もありますがこれも「川」を意味するアイヌ語です。さらに「長沼町」どという地名もありますが、これはアイヌ語の地名が「タンネ」とという「長い沼」を意味する地名だったためそれが、「長沼」になりました。 このようなケースで、地名にアイヌ語が由来になっているものもあるのです。ただし、他の日本の地名で由来不明のものを無理やりアイヌ語に結びつけられていることがしばしばありますが、これは俗説である場合がほとんどです。 例えば「富士山」はアイヌ語の「フチ(火)」を意味するところから来ているとか、「能登半島」はアイヌ語での「岬」を意味する「ノト」から来ているなどと言われるものがありますが、これはやや根拠が薄く信用できない説です。 アイヌ語が由来となった日本語 出典:写真AC 地名だけではなく、日本語がアイヌ語由来のもので私たちがよく使っている日本語もあります。 例えば「ラッコ」はアイヌ語そのものですし、「トナカイ」もアイヌ語でトナカイと差す言葉でした。また魚の「ししゃも」もアイヌ語の「シシャム」から来ています。 アイヌという言葉そのものも、アイヌ語では「人間」を意味します。また「コロポックル」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんがこれはアイヌ語で「コロ」が「ふきの葉」を意味し「ポック」が「下」を意味し、「クル」が人を意味し、つまり「伝説の小人」という意味です。 アイヌ神話はどんな話?|アイヌにおける神やフクロウの存在とは 美しいアイヌ文様からうかがえる、アイヌの文化や様々な思い …
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会社の飲み会などで「今夜は無礼講ですので大いに楽しみましょう!」などと言っている場面を見たことある人もいるのではないでしょうか。実はこの”無礼講(ぶれいこう)”は「無礼をしてもかまわない」という意味ではありません。 今回は「無礼講(ぶれいこう)」の正しい意味や使い方、語源を見ていきましょう。 【意味】 身分や地位を無視して行う宴会のこと 【由来】 鎌倉時代、後醍醐天皇が1324年に正中の変を起こす際、極秘に鎌倉幕府を討幕を図る密議のために側近たちと上下関係のない宴の席を開いたことから。 【類語】 「裃を脱ぐ(かみしもをぬぐ)」「忌憚なく(きたんなく)」「城府を設けず」「胸襟を開く(きょうきんをひらく)」 【対義語】 「慇懃講(いんぎんこう)」 【英訳】 「informal」「do away with ceremony」「without the formality」「loosen up and enjoy」 無礼講(ぶれいこう)の意味 出典:写真AC 無礼講は、身分や地位を無視して行う宴会のことを指します。つまり、身分や上下の差別なく、かしこまった礼儀作法を気にせずに宴会を楽しもうということです。 中には、「無礼講=無礼な態度をとっても良い」と解釈している人も少なくないようですがそれは大間違い。無礼講だからと言って目上の人や上司に対して失礼な態度・言動を取ることはよろしくありません。あくまでも、あまり堅苦しくなくてよいというはからいの言葉であるので、その点をわきまえて無礼講を楽しみましょう。 無礼講(ぶれいこう)はいつから始まったのか 出典:写真AC 無礼講という言葉は「失礼な態度をとっても良い」という意味ではないことがわかりました。無礼講の由来・語源を見ていくとその理由がわかります。 遡ること鎌倉時代、後醍醐天皇が1324年に正中の変を起こす際、極秘に鎌倉幕府を討幕を図る密議のために側近たちと上下関係のない宴の席を開きました。 当時の宴会の席ではお酌をする順番が身分によって決められており、上下関係の礼儀を重んじなければなりませんでした。礼儀があってはそれぞれの本心が見えず、討幕計画の話が円滑に進まなくなります。 そこで、後醍醐天皇は、公家の烏帽子や僧侶の法衣など身分のわかるものを脱ぎ、上下関係を取り払って酒を取り交わしました。「無礼講」はここから始まったとされています。「無礼‐講」ではなく「無‐礼講」であることがよくわかりますね。 …
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火事と喧嘩は江戸の華といいますが、喧嘩が男の勇ましさの表れとなるのは江戸だけではありません。 日本全国各地に喧嘩祭りと呼ばれる荒々しい祭りが存在します。そもそも年に一度のお祭りは、ハレの日であり無礼講、しばしば喧嘩が起こり、それをまた良しとする傾向も見られます。喧嘩祭りならばなおさらのことで、あちこちで本物の喧嘩が起こることも珍しくはありません。 そして喧嘩による勝ち負けが、吉凶を占うものとして儀式化されているお祭りも数多くあります。 喧嘩になるのは神輿を担いでいるときが多く、神輿は神様の乗り物ですから、喧嘩をするのは神の意向に適うものともされます。 とはいえ根本的には、祭りの際の喧嘩は、コミュニティの中のガス抜きとしても機能するようです。祭りの喧嘩で日常の不満を発散したコミュニティは、その後また、平穏な生活に戻っていくのです。 喧嘩祭りは各地にあり、日本三大喧嘩祭りと呼ばれる括りも存在します。諸説ありますが、「岸和田だんじり祭り」「角館のお祭」「飯坂けんか祭」が日本三大喧嘩祭りとされます。 まず、極めて有名な岸和田だんじり祭りをご紹介します。 日本三大喧嘩祭り① 岸和田だんじり祭 出典:写真AC だんじり祭りは西日本全域にありますが、最も有名なのが岸和田のだんじりです。 だんじりとは山車のことで、上には屋根乗りと呼ばれる人が乗っています。これを猛スピードで引き回してそのままコーナーを曲がる「やり廻し」が醍醐味で、見物人からもっとも着目される祭りのハイライトです。 綺麗に曲がるのは大変難しく、無事だんじりが通過しますと拍手が上がります。数年に一回は死傷者も出る、日本で最も激しい祭りの一つです。 人が喧嘩するわけではないものの、喧嘩祭りと言うのにふさわしい勇壮なお祭りです。毎年9月開催です。 日本三大喧嘩祭り② 角館のお祭り photo by Kzaral 「角館のお祭」は、武家屋敷と桜で有名なみちのくの小京都角館(秋田県仙北市北部)で開催されます。角館駅は秋田新幹線の停車駅です。 角館のお祭りでは、曳山と呼ばれる山車を互いにぶつけ合う「やまぶつけ」が見られます。高さ4メートル、重さ8トンの曳山を正面からぶつけ合う様子は、喧嘩祭りというのにふさわしいでしょう。 ですがやまぶつけはもともと観光客を楽しませるためではなく、曳山同士の通行がばったり行き当たることがあって、その際の優先権を決めるために行われるものです。 最初からぶつかり合いを目的にしているものではなく、あくまでも交渉が最優先で、交渉が決裂した際にやまぶつけが行われるのです。 最近では、双方がやまぶつけをしたくて始まることも多いようですが、もともとはハプニングであり、祭りの一部に過ぎず、どこで見られるかはわかりません。 それでも観光客が確実にやまぶつけを目にできるように、スケジュールに沿って行われる観光用やまぶつけも行われています。角館のお祭りは、毎年9月7日から9日に開催されます。 日本三大喧嘩祭り③ 飯坂けんか祭り 出典:写真AC 飯坂けんか祭りは、飯坂温泉で有名な福島県福島市の飯坂八幡神社で、毎年10月第1土曜を中心とした3日間開催されます。 お祭りのハイライトである宮入は、2日目の土曜日の夜です。お神輿が町内を6台の担ぎ屋台とともに巡行し、夜になると神社に帰ってきますが、境内に入ると屋台同士が激しくぶつかり合います。 神輿が宮入りすると、祭りが終わってしまうのでこれを阻むためにぶつかり合うのだとされます。担ぎ屋台がぶつかり合う、まさに喧嘩祭りです。 …