【意味】 幅広く多くの書物を読んでいて、知識が豊富であるさま。また、物事をよく知っており、 記憶力も優れているさま。 【由来】 劉邦軍のほかの兵士がすぐに目につきやすい金銀財宝を奪っていったのに対し、この家臣はその貴重な書物の山を見て「宝の山だ」と叫びました。そして彼は、のちに他の家臣が遠く及ばないほど、多くの知識を身につけたことから。 【類語】 博聞強記、博学多識、博学、碩学、博識 【対義語】 寡聞浅学、浅学菲才 【英訳】 「encyclopedic knowledge and strong memory」「extensive reading and tenacious memory」 「博覧強記」とは? 出典:写真AC 「あの人は一度聞いたことは良く覚えているし、何を聞いてもすぐに答えられるし、まさに博覧強記の人物だ」といった時に使う「博覧強記」という言葉をご存知ですか? 博覧強記という言葉は、日常会話ではそれほど頻繁に耳にするものではありませんが、類義語を聞けばその意味がすぐに思い当たる人も多いのではないでしょうか。 類義語の多いこの博覧強記という言葉ですが、それぞれの類義語ごとに少しずつ意味が異なってくるということがあるので、詳しい意味をきちんと調べた上で使いたいですね。 あまり馴染みのないこの博覧強記という言葉、要所要所で使えると周りから一目置かれる存在になれるかもしれません。 この記事では、博覧強記という言葉の意味や由来、適切な使い方などをご紹介していきます。ぜひ参考にしてみてください。 博覧強記の意味とは 出典:写真AC 博覧強記の意味は、幅広くたくさんの書物を読んでいて、知識が豊富であること。または、物事をよく知っており、記憶力も優れているというものです。 博覧強記の博覧という言葉は、古今東西数多くの書物を読んでいるということで、知識が豊富な様子を表します。 …
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出典:写真AC からみ餅は一般的にはつきたての餅に大根おろしとしょうゆを絡めたものをいいます。かつお節や海苔、唐辛子、ねぎなどを加えることもあり、「おろし餅」と呼ばれることもあります。 地方によっては、からみ餅はかつて、赤ちゃんの歯固めとしても用いられていたといわれています。 からみ餅の効用 出典:写真AC 餅は雑煮などで正月に食べることが多い食べ物ですが、激しい運動を行うアスリートにとっては、絶好のエネルギー源といえます。餅には運動中のエネルギー源となる糖質が豊富に含まれていて、同じ100gで比較した場合、白米の糖質が37.1gに対し、餅には50.3gもの糖質が含まれています。 つまり、餅のほうが実に35%も多くの糖質を含んでいるのです。中でもマラソンやトライアスロンといった持久力が必要となる競技においては、効率的な糖質の摂取が重要なので、餅は効率的にエネルギーを補給できる食材といえます。 また、陸上の短距離種目や幅跳び、ウエイトリフティングといった瞬発力や大きな筋力を必要とする競技でも適度な糖質は欠かすことのできない栄養素です。こうした、短時間で行われる競技でも、同じ動作を繰り返し続けるにはエネルギー源として糖質が必要になるからです。 しかしながら、実際の試合前になると、緊張して食べ物が喉を通らなくなるというアスリートも見かけられます。そんな時、おすすめなのがからみ餅です。ご飯を茶碗1杯は食べられなくても、餅なら食べられるという方は少なくありません。 特にからみ餅の大根おろしはデンプンを分解するアミラーゼという消化酵素が多く含まれているので、消化を助け、より早くエネルギーに変えることができます。 一方、普段の食生活では、餅には多くの糖質が含まれ、また、あんこや砂糖醤油といった甘いものとの組み合わせが多いため、カロリーの過剰摂取や、血糖値の急激な上昇を招きますが、大根おろしであれば、100gで18kcal程度のエネルギーなので、カロリーの過剰摂取を抑制できます。 加えて、大根おろしには食物繊維が豊富に含まれているので、血糖値の急激な上昇も抑えられます。また、大根おろしに含まれるイソチオシアネートという辛味成分は、血液をサラサラにしたり、抗酸化作用もあるので、美肌効果が期待できます。 このイソチオシアネートは大根をおろしたときに作られ、加熱すると壊れてしまう成分なので、イソチオシアネートを摂取するにはからみ餅は最適といえるでしょう。 からみ餅の作り方 出典:写真AC からみ餅の作り方は簡単です。家庭で手軽に作るにはまず、ラップをかけた餅を電子レンジで加熱します。このとき、餅が溶けてしまわないよう加熱しすぎに注意しましょう。 そこへすりおろした大根と醤油、お好みで青ネギやかつお節を絡め、七味唐辛子を振ってからみ餅のできあがりです。辛いものが苦手な場合は七味の代わりに砂糖を使ったり、醤油の代わりにポン酢や白だしを使ってもよいでしょう。 元祖からみ餅のお店を紹介 静岡県静岡市葵区弥勒には、名物の「安倍川もち」を売る店が軒を連ねています。安倍川もちは餅にきな粉をまぶしたものですが、かつては砂糖が貴重で、駿河特産の白砂糖を乗せたことで評判となりました。 この安倍川もちを売る店の中に、文化元年(1804年)創業の石部屋(せきべや)があります。もちろん、安倍川もちも提供されていますが、からみ餅も名物として知られています。 石部屋のからみ餅は、もともと酒の肴として提供されていたもので、大根おろしではなく、静岡名産の生山葵と醤油を絡めて頂きます。現在は酒は提供されておらず、持ち帰りの商品もありませんが、この味目当てで訪れる客も絶えない逸品となっています。 日本各地の”粋”なお土産を紹介「お土産・特産品」の記事一覧 朝食のメニューにも最適なからみ餅 いかがでしたでしょうか。このように、雑煮や甘い味付け以外で家庭で手軽に作るにはからみ餅は最適です。消化が良くエネルギーに変わりやすく、体温を上げる効果もあるので、スポーツ以外でも朝食のメニューなどにしてみてはいかがでしょうか。 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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焼印は、焼きごてとも言われ、高温に熱した金具を用い、木製品、食品、動物・ヒトの皮膚などに印を付けることができる道具のことです。 また、その行為自体を指すこともあります。 烙印や焼き判とも呼ばれ、長い歴史があります。 焼印の歴史 出典:写真AC 焼印は、英語では「ブランド(Brand)」と言います。 焼印が英語で「ブランド」と呼ばれる理由は、今日の意味で「高級ブランド」などと言われる際に使われるブランドの語源に、焼印の歴史が関わっているからです。 ブランドという言葉の成立に関して登場する焼印とは、生きた家畜などに押した焼印のことです。 昔の焼印の目的は、自身の飼う牛馬と、他者の飼う牛馬を見分けるために押されたものだったのです。 これはカウボーイなども用いていた焼印の使用方法でした。 また、ヨーロッパでは焼印は産地を見分けるための手段として、木箱や樽に対しても押されていました。 例えばスコットランドのウィスキーや、マイセンの陶器などがその例ですね。 それがいつしか、「他者との差別化」という意味を象徴する言葉となり、「ブランド」の意味が「他者との差別化」と「焼印」の両方を指す、今日的なものとなったのです。 焼印の用途 焼印の最たる用途は「名入れ」です。 自身の名前や製作者の名前、ブランド名などを、様々な物に入れるのが目的となります。 焼印を押すことによって、一段上の高級感を出すことが可能です。 饅頭、カステラ、和菓子やお菓子、パン等の食品関連、家具や木工クラフト、革、レザークラフト、革製品等の自社製品など、その対象は様々です。 最近では、釣竿や木札、剣道の竹刀や木刀にも焼印を押される場合もあり、自由な発想で楽しめることも焼印の魅力です。 焼印の製造方法 焼印は、握る部分である柄と、印面という単純な構造をした道具です。 ですが、単純な構造であるからこそ、技術がその仕上がりに直結します。 焼印にとって最も重要となる印面が職人の技術の結晶であることは今も昔も変わりありませんが、現代では高精度NC加工機で成型した上で制作するなど、最新技術を取り入れています。 印面を削り、仕上げるためには熟練の技術を要します。 焼印の押し方 焼印には大きく分けて2種類があります。 1つは、直火式です。 こちらは彫金が施された部分を直接熱する必要があるタイプです。 ガスやトーチ等の熱源で加熱し機動力、低コストに優れ、木工クラフトはもちろん和菓子、饅頭、どら焼き等に使われます。 加熱は家庭用のガスコンロやバーナーなどで可能で、はじめ火加減を決めて焼印を火で炙ります。 …
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厳島神社をはじめとした観光スポットが数多く存在し、広島風お好み焼きなどの名物グルメも人気の広島。実は、日本酒の一大産地でもあることをご存知でしょうか? 京都の伏見、兵庫の灘と並んで、広島の西条が日本三大酒どころとして知られているんです。温暖な気候に恵まれた広島には、豊富な酒米と軟水でつくられるおいしい日本酒がたくさんあります。 今回は、旅先で見つけたおすすめの日本酒をピックアップしてみました。お土産にも最適です。 広島の日本酒①賀茂泉 純米吟醸 酒どころの広島県東広島市西条で大正時代から酒蔵をかまえる創立1912年の賀茂泉酒造がつくる「賀茂泉 純米吟醸」。純米酒にこだわる酒蔵らしい、甘く華やかな吟醸香が特徴です。 酒米は、広島八反・新千本を使用。活性炭素ろ過を行っていないため、麦わらのような淡い金色をしています。アルコール度数はやや高めで、口に含むと、お米本来のまろやかさとコクが広がります。適度に酸味もあって、ヨーグルトを思わせる発酵感がクセになりそう。 広島の日本酒②雨後の月 純米吟醸 相原酒造は、広島県呉市の東にあり、3つの山と瀬戸内海に囲まれた小さな町「仁方」で醸造を続ける酒蔵です。明治時代、仁方には9軒の酒蔵と10軒の醤油蔵があったのだとか。 野呂山の伏流水と厳選された酒米で仕込む「雨後の月」シリーズは、季節限定品もありそれぞれお土産としても人気。なかでも純米吟醸は、繊細で軽やかな飲み口が万人に愛される、食中酒としても最適な一本です。 広島の日本酒③寶剱 純米超辛口 創業明治5年の宝剣酒造は、「雨後の月」の相原酒造と同様、広島県呉市仁方町にあります。酒米は広島県産八反錦をメインに、名水を使って丁寧に仕込む、真摯な酒造りが評判の酒蔵です。 「寶剱 純米超辛口」は、キレのあるドライな味わいながら、しっかりとお米の甘さを感じられる、バランスのとれた日本酒。冷やで飲んでももちろんおいしいですし、酒の肴とともにぬる燗でいただくのもオツです。 広島の日本酒④一代弥山 純米吟醸 原酒 広島県廿日市市にある中国醸造は、大正7年の創業以来、日本酒はもちろんウイスキーやリキュールなど、国内外で人気のさまざまな酒類を販売するユニークな酒造会社。 「一代弥山 純米吟醸 原酒」は、風味を損なわないよう瓶燗火入れをしており、吟醸酒ならではのフルーティーな香り、ふっくらとみずみずしい味わいが魅力。 季節ごとに販売される「一代弥山」シリーズには最近、スパークリング清酒のラインナップも加わり、こちらも見逃せません。 広島の日本酒⑤龍勢 和みの辛口 特別純米 江戸時代末期から代々続く藤井酒造は、綺麗な水に恵まれた広島県竹原市で、全量純米蔵として酒造りを行う酒蔵。「食中酒としてのお酒」にこだわり、季節や食事に合わせた新しい日本酒の味わい方を提案しています。 「龍勢 和みの辛口 特別純米」は、酸味と旨みが調和した濃口タイプの純米酒。「龍勢」シリーズは少量生産のため、限られた酒販店や飲食店でしか手に入れることができません。見かけたらラッキーなので、ぜひ味わってみてください。 粋な広島土産は、日本酒で いかがでしたでしょうか?広島の日本酒は、繊細な香りに柔らかくて丸みのある味わいのものが多く、日本酒好きの方でなくても飲みやすいはず。 旅先でおいしい日本酒に出合えたら、お土産に自宅へ送るのもいいですね。 また、お取り寄せができる銘柄、国内の販売店に流通しているシリーズもありますよ。インターネットサイトなどをチェックしてみてくださいね。 文・写真/ゆさ みずあ 広島の記事一覧 瀬戸内の記事一覧 日本酒の記事一覧 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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今回は、スイーツやデザートなど、甘いものが大好きな方にとっては、夢を与えてくれる職業である「パティシエ」について、仕事内容、特色、勤務体形など様々な角度から紹介します。 パティシエとは 出典:写真AC 「パティシエ」とは、菓子職人のことを言います。 日本では、洋菓子のお菓子を作る職人のことをパティシエと言い、和菓子を作る職人さんについては、「パティシエ」とは、言いません。 「パティシエ」とは、フランス語で、食文化レベルの高いフランスでは「パティシエ」は、ステータスの高い職業として認識されています。 パティシエの仕事 パティシエが仕事として作るお菓子は、実に様々な物があります。 ケーキ、クッキー、シュークリーム、プリンなど、更に細分化すると非常にバラエティに富んだスイーツやデザートを作り出すのが、パティシエの仕事です。また、既存のお菓子を作り続けるだけでなく、パティシエの創造力を生かした新しいメニューの開発もパティシエの重要な仕事のひとつと言えるでしょう。 パティシエの菓子作りの仕事は、非常に緻密で繊細な作業となります。 洋菓子の主な材料となる、小麦粉、バター、砂糖、卵など分量を正確に計測し、作るタイミングなども計算しつつ同じレベルのものを作る必要があります。 商品として販売されるものが、買う度に味が違っては、売り物にはなりません。その為、パティシエには、豊富な経験と確かな技術が必要となります。 パティシエの年収/勤務体系/福利厚生 出典:写真AC パティシエの勤務体形は様々で、勤務先も異なります。 洋菓子店などに勤務する場合や、ホテルやレストランに勤務する場合、洋菓子メーカーや工場に勤務する場合など、その勤務形態は実に様々で、パティシエのニーズは、あらゆるところにあると言えます。 洋菓子店などに勤務するパティシエの場合は、街の小さな洋菓子屋さんのような形で、自らパティシエとして仕事を行いつつ、自分のお店を持ち経営していく方もいます。 自らが経営者の為、勤務体形などは全て自分で決めることになります。 洋菓子メーカーのチェーン店舗などに勤務するパティシエは、正社員として働く方もいます。こちらの勤務体形は、サラリーマンと同じようにその会社の雇用条件によります。またホテルやレストランに勤務する場合も、正社員として勤務する方もいます。 その場合は、勤務先の雇用条件に準ずることとなります。 ホテルやレストランの場合、イベントやパーティーなど団体客向けに1度に大量のデザートを用意する必要がありますので、複数のパティシエと仕事をすることになります。 出典:ぱくたそ パーティー向けなどのデザートは、数も種類も様々なものを作る必要があるため、いくつかの作業工程を分担し作ることになります。特に週末や休日などは平日に比べて多忙で、クリスマスや年末年始など繁忙期も、かなりの忙しさとなります。 また、洋菓子メーカーの工場に勤務するパティシエもいます。こちらも社員として雇用されます。 こちらの場合の勤務体形は、工場の生産スケジュールに合わせることとなり、工場によってはシフト制の場合もあり、夜間勤務の場合もあります。 このようにパティシエの働き方は様々です。その為、パティシエの年収もそれによって変わります。企業に正社員として勤務する方は、一般的なサラリーマンとさほど変わりはありません。 自らのブランドとお店を持つ世界的にも有名なパティシエになりますと、かなりの高収入を得られています。 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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出典:Pixabay 一般的なコスモスはピンクや白、黄色などの花をさかせ、匂いをかぐと菊のような匂いがするものですが、チョコレートのような香りがするユニークなものが、チョコレートコスモスです。原産地はメキシコですが、メキシコでは既に野生の原種は絶滅したと言われる、貴重なものです。日本には大正時代に持ち込まれました。 一般的なコスモスよりも幅広の花びらで赤、紫、赤紫の色の花を咲かせます。開花時期は5~11月と非常に長期間に及びますが、コスモスは秋の花の代表ですから、初秋の季節の花だと位置付けられています。切り花は開花時期に合わせて出回りますが、やはり秋の季節の花として扱われ初秋から需要が伸びます。 花言葉も、一般的なピンクや白のコスモスの「乙女の純潔」や「優美」と異なり、「恋の終わり」、「恋の思い出」、「変わらぬ気持ち」など秋の季節の花らしく、夏の思い出を連想させるものになっています。 花言葉 「乙女の純潔」「優美」「恋の終わり」「恋の思い出」「変わらぬ気持ち」 見ごろ 5月~11月 秋の花<リンドウ> 出典:Pixabay 日本では紫は高貴な色として古くから地位の高い人の色だとされてきました。リンドウは紫の花を咲かせるのもが覆いために敬老の日に送られることが多い秋の季節の花です。 日本や中国原産の花で日本各地に生息するリンドウですが、現在約400種類以上が存在し国内ではその内の約20種類を目にすることができます。品種によって白やピンクもの花を咲かせるものもありますが、多くは寒色の紫、青、水色などです。既述した理由で紫色が好まれる傾向にあります。 開花時期は9~11月で切り花は8月中旬ごろから出回ります。小粒の釣鐘を逆さにしたような花が特徴でその色合いからも可憐な清楚な印章を受けます。光や温度の影響で花を開閉させる特徴もあります。 リンドウの花言葉は「正義」や「悲しむあなたを愛する」です。敬老の日のプレゼントの場合、切り花ではなく鉢植えを送る人も多いようですが、贈り先の方が療養中の場合は必ず切り花で送りましょう。鉢植えは「根付く→寝付く」となり不吉とされますから、注意してくださいね。 花言葉 「正義」「悲しむあなたを愛する」 見ごろ 9月~11月 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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伝統工芸の定義は、なんとなくわかるけど、実際にどういうものがあるのか分かりにくいですよね。そこで、全国の伝統工芸に関する人気のニュースを週刊でお届けします! 日々、伝統工芸のニュースに触れることで、伝統工芸の作品や基本知識だけでなく、最新の動向や各地の展示会情報などを掴めるようになります。 毎週配信しておりますので、イベント情報や最新情報を見逃したくない方はSNSのフォローがおすすめです。 日本文化はかっこいい 粋-iki-(@iki.official)がシェアした投稿 Instagram Twitter Facebook ニュースの前に伝統工芸の定義を手短に解説 経済産業大臣は、「伝統的工芸品」として、以下の5つの要件に該当する工芸品を指定します。 1.主として日常生活の用に供されるものであること。 2.その製造過程の主要部分が手工業的であること。 3.伝統的な技術又は技法により製造されるものであること。 4.伝統的に使用されてきた原材料が主たる原材料として用いられ、製造されるものであること。 5.一定の地域において少なくない数の者がその製造を行い、又はその製造に従事しているものであること。
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私達が生活の中で何気なく使っている言葉には、故事によるものであったり、由来が隠れている事があったりするのを皆さんは御存知でしょうか? 日本は歴史を経ながら、私達の祖先は日々使う言語の中に大事な要素を含むものを沢山残していってくれています。 こんな話を見聞きされたことはないでしょうか? 「A子さんとB子さんの二人はC雄くんがとても好きで二人で彼の取り合いをしていたのだけど、ある日いざこざが起こり、C雄くんをめぐりA子さんとB子さんが激しい争いをしてしまったんだよ。ところがそんな争いの間に、急にD子さんが現れ、二人に幻滅したC雄くんはD子さんと結局ゴールインしてしまったんだ。これって漁夫の利だよね。」 漁夫の利の意味 出典:写真AC ではこの漁夫の利という言葉の意味を一緒に見ていくことにいたしましょう。漁夫の利と言う言葉は、当事者同士が争っているうちに、第三者が何の苦労もせずに利益を得てしまうという様を表しているのです。 現代では、労をせず簡単に第三者が利益を取るという意味合いで使われることが多い言葉でもあります。 漁夫の利の由来 出典:ぱくたそ さてこの漁夫の利と言う言葉、ちょっと難しそうな表現ですが、どのような由来が隠れているのでしょうか?古代の中国の戦国時代の事をまとめた歴史書に「戦国策」というものがあります。漁夫の利はその史書から来ている言葉なのですが、一体どんな話なのでしょうか? 昔、趙という国がありました。趙の国は燕の国を攻撃しようと考えていました。そんなある日、燕の遊説家である蘇代という人物が趙の国の恵文王に会いに来ます。蘇代は恵文王に次のような話をします。 「ある時貝が殻をあけて日向ぼっこを楽しんでおりました。貝は気持ちがよくて、ぱっくり口(殻)があいてとてもよい気持ちです。そこへ一羽のシギが舞い降りて、貝の身を啄み始めました。びっくりした貝は、いきなり殻を閉じ、シギの嘴を思い切り挟んでやりました。 そこへ一人の漁師が通りかかります。この光景を見た漁師は、貝とシギへ近づきます。しかし争っている双方は漁師に全く気づきません。何の苦労もなく、漁師は貝もシギも捉えてしまいます。」 この話を蘇代から聞いた恵文王はハッと気づかされたのでしょうか?燕の国を攻めるをやめてしまいます。 なかなか面白い話ですよね。それにしても、恵文王を上手く説得した蘇代はとても賢い人物だということも私達に教えてくれます。 漁夫の利の使い方 出典:ぱくたそ ではこの漁夫の利という言葉はどんな状況で使われているのでしょうか? 次のようなフレーズの中でよく使われます。「選挙になってA党が割れて、どの議員も今、飛ぶ鳥落とす勢いのB党に移ろうと必死になって争って内輪もめをしている間に、選挙に入って結局無難な戦いをしたC党が勝ってしまった。まさしく漁夫の利だよね。」 という状況や、 「この前バーゲンセールで二人のおばさんが一つの商品を巡って取り合いをしていたんだけど、どちらかが癇に触ったことをしたのだろうね。あろうことか、二人のおばさんが商品そっちのけで喧嘩をし始めたんだ。大騒動になり店員さんが止めに入ったんだけど、その間に別の女性がさっと現れて、その商品を持ってレジへ行ってしまったんだよ。この光景が漁夫の利っていうのだろうな。」 というような表現の中で使われます。 日本人なら知っておきたい国語の知識「国語」の記事一覧 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう
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博物館内でも高い専門知識をもつ「学芸員」の仕事。名前は知っていても、「実際どんな仕事をしているのか」「年収はどのくらいもらえるのか」など、ベールに包まれた内容が多い職業でもあります。 今回は、学芸員になるための方法や難易度、仕事内容、適性などの仕事事情を解説していきますね。 学芸員とは Mao.Tさん(@luna_0610)がシェアした投稿 – 4月 20, 2016 at 10:59午後 PDT 学芸員とは、博物館で資料の収集、保管、展示及び調査研究などを行う国家資格保有者です。さまざまな博物館によって求められる専門的知識が違い、美術・天文・科学・生物・海洋・植物など幅広い分野で在籍しています。 博物館には必ず学芸員が必要で、専門的知識をもつ人によって貴重な資料の数々を管理しているのです。国や県などから認められる博物館には、博物館法により定められた学芸員の配置をしなければなりません。 学芸員の仕事内容 学芸員の仕事内容には、専門的知識をもつ者としての仕事や、博物館での企画運営などに携わる仕事などがあります。 ・研究 学芸員として勤務していると、大学や大学院を卒業して、さらに専門分野のエキスパートとして研究をより深く追求できるメリットがあります。研究や分析を重ねることで、常に専門分野においての知識をリニューアルさせる必要があるからです。 ・文化向上や教育 小学校や中学校の課外授業で、博物館や資料館などに訪れた経験はないでしょうか。案内してくれる人の多くは、学芸員の方々。深い知見をもって質疑応答してもらえる教育の場にも、学芸員は必要なのです。また、講演会といったイベントの開催などもあります。 ・資料収集や保管、整理 学芸員として基本的な仕事内容になるのが、資料の収集や保管、整理です。貴重な資料を博物館で広く発信するため、個人所蔵の資料を借り入れる交渉や輸送管理、保険などを手続きすることも。また、古い資料の適切な修繕や、最適な保管環境の維持なども行います。 ・展覧会の企画運営 博物館で資料を公開する際の企画やコンセプトを考え、わかりやすく展示していくことも学芸員の仕事です。展示物の搬入や会場作り、資料作成も行うことがあります。 学芸員の年収・給料 学芸員の給料は、博物館によって幅があります。専門知識がある職業ですが、年収は300万~350万程度が平均値。 国立・県立など公立の博物館へ就職が決まれば、公務員扱いになるため、収入の安定が見込めるでしょう。しかし、そういった場所では学芸員の競争倍率も高くなり、狭き門になってしまうのです。年収が少しでも高い場所で学芸員として勤務したいのであれば、学生時代から継続的に専門分野での研究などを重ねておく必要があるでしょう。 福利厚生 学芸員の福利厚生は、あまり充実しているとはいえません。 学芸員を雇用する博物館は、一般の方へたくさん足を運んでもらうため、土日祝日での公開がメインです。そのため、土日祝日の休みを希望する人は働きにくくなってしまうのです。 また展示会が決まれば、さまざまな準備や片付けがあります。営業時間中に行うことはなく、閉館したあとの時間に作業することになるため、残業時間は増えていくでしょう。 …
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“桐生は日本の機(はた)どころ”。群馬県に伝わる郷土かるた『上毛かるた』の読み札“き”に詠まれているのは桐生市の織物産業です。桐生市は群馬県の東部にある機業地で絹織物の産地として栄えた地域、都心から車で約2時間、山々に囲まれた市街地の東に桐生川、西には渡良瀬川が流れる山河の街です。 出典:柳原美紗子のアンテーヌ・アイ 桐生市の織物産業は「桐生織」と呼ばれ、その歴史は古く奈良時代に遡ります。日本の繊維産業の中心として栄え、現在でもその繁栄の象徴として風情ある街並みや史跡、歴史的建造物が多く保存されています。 “日本の機どころ”と言われたほど盛んだった「桐生織」の歴史とそれにまつわる逸話をご紹介いたします。 桐生織の発祥を伝える恋伝説 桐生織の起源は今から1300年前、奈良時代のあるロマンスから始まったと言われています。地域に伝わるむかしむかしの恋のお話をちょっと覗いてみましょう。 その昔、上野(こうずけ)の国(現:群馬県)から朝廷へ庭掃除係として課役(かえき)に出ていた“山田”という名の男子がいました。山田はそこで出逢った美しい官女、白滝姫に恋をします。農村出身の彼にとって姫は身分の違う高嶺の花ですが、自分の想いを伝えるためその恋心を切々と和歌に詠みました。 雲の上 目には見ゆれど 白瀧の 八重に思いと落ちぬ君かな 雲たにも懸らぬ峰の白瀧を さのみな恋ひぞ 山田男子よ 雲井からついに落ちたる 白瀧を な恋ひぞ 山田男子よ 一心に向けられたひたむきな想いが込められた歌の数々に、姫の心は次第に動いてゆきます。 そしてついに姫の心は射止められ、二人は男子の故郷である桐生に帰ることを許されます。桐生に移り住んだ白滝姫は農村の人々に養蚕と機織りの技術を伝え、それが桐生織の発祥と言われています。 とてもロマンティックな恋物語ですね。 関ケ原での逸話と2大織物都市への発展、世界の織物産地としての隆盛 桐生の地に伝えられた養蚕・織物産業は、戦国時代“関ヶ原の戦い”と深く関わったことにより発展します。東軍である徳川家康の軍旗に桐生絹が使われるこにとなり、反物にして数千という大量の織物が必要となりました。 献上までの十分な製作時間がありませんでしたが領民たちは総出で織り上げ、わずか1日程で納めたのです。結果、家康が大勝したこともあり桐生織物の名声はより高まります。 のちに京都西陣から高度な織機を導入、手織りから機械織りへの移行も経てその生産性と品質は飛躍的に向上し、桐生は京都に負けず劣らずの織物産業都市に発展してゆきます。明治時代に入ると政府の後押しもあり輸出も増加、世界屈指の産地となり全盛期を迎えます。 事業や商いにより富財を蓄える者が増えれば花街も賑わいます。あまり知られていませんが桐生花街は北関東一と言われ、昭和12年ごろには約230人もの芸者がいたとされます。その頃の京都先斗町の芸妓は約250人。西の都京都有数の花街に匹敵するほどだった東の都桐生、まさに栄華を極め光り輝いていた時代と言えます。 この記事が気に入ったら いいね!を押して最新情報を受け取ろう