1反の長さとその由来|日本の単位はが複数あり、紛らわしい理由とは

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1反はなぜ生まれた?日本の単位の歴史とは


出典:ぱくたそ

日本で単位が統一されたのは、西暦702年、文部天皇が大宝律令によって全国的に定めた度量衡が最初です。

度は長さ、量は体積、衡は重さを表すもので、秦の時代に中国全土で統一されたものが漢の時代に体系化されました。この単位が朝鮮半島を経て日本にも伝わり、国内の単位として根付いていったのです。

中国とは若干長さや重さなどに違いがみられるものの、基本的には中国の度量衡と同じように人の体を使って計測をしていました。

その後、太閤検地によって田畑の面積や収穫量を見直され、それまで1反が360歩という取り扱いであったものが、1反=300歩という広さに変化しました。そのため、時代によって同じ単位でもかなりの誤差が生じていたものもあります。

やがて1791年にはフランスでメートル法が使われるようになりました。さらに1886年になると、日本はメートル法条約に加盟し、これまでの尺貫法を見直してメートル法に移行しました。

現在では世界的にもメートル法は一般的な単位になっていますが、作られてからそれほど間がない時期からメートル法を取り入れた日本は、比較的早い段階で移行していたといえます。

今もなお使用される「1反」をはじめとした尺貫法

今では一般的な単位と言えばメートル法ですが、尺貫法から移行するときに従来の単位を完全に禁止しなかったこともあり、今でも尺貫法による単位が使われることがあります。

例えば、農業ではいまだに田んぼの大きさを表すときに、haなどを使わずに1反などの尺貫法による単位を使っています。

着物を仕立てるときなども、採寸ではメートル法を使わず、尺貫法でサイズを書いていきます。

このように、尺貫法は現代においてもいろいろなところで根付いていますので、一般的な知識として覚えておいても損はありません。

一度にすべて覚えるのは大変ですが、尺貫法の単位を耳にする機会があったときには、メートル法ではどれくらいになるのかを意識してみてはいかがでしょうか。

私たちが普段使用する「単位」は奥が深いものです。

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