【十五夜の由来】十五夜の文化の粋な魅力と2018年の中秋の名月 | 粋-iki-粋な日本文化を発信するメディア – Part 3

月は昔から歌にもなってきましたし、ことわざなどにもなってきました。例えば、ふたつのものがあまりにも価値が違いすぎることを「月とスッポン」といいますし、「月に叢雲、花に風」というのは、風情があるという意味です。

月は美しいもの、神秘的なものであり、そのような象徴として月が登場することがほとんどです。

月は明るいという意味でも使われます。例えば「月夜に釜を抜かれる」ということわざです。月の出ている夜は明るいので、油断をしていると釜のような大事なものが盗難に遭うという意味が込められています。要するに、注意散漫になるなとか油断するな、という教訓を表しているのです。

また、「雨夜の月」という綺麗な言葉の響きをもつことわざもあります。このことわざの意味は、雨が降っている夜の月は想像するだけで見えないもののことから、実現しないことのたとえや、有り得ないと思っていたことが有り得る場合にも用いられます。

他にも「月夜に提灯(ちょうちん)」とうことわざがあります。これは、明るい月夜に提灯を灯して歩いても、役に立たないどころか邪魔になることから必要のないものや、役に立たないことのたとえとして使われます。また、過ぎた贅沢に対して使われることが多いことわざです。

粋に楽しむ、十五夜の月

出典:写真AC

毎年、中秋の名月の十五夜は日が異なります。2018年の十五夜は9月24日です。

十五夜の文化というのは美しいものをめでる日本人の伝統的な感性を反映したものであり、極めて粋なものであるといえるでしょう。そんな月見ですが、これをしないと月見ではない、十五夜を堪能していない、というような堅苦しい決まりやしきたりはありません。

もちろん、キチンと形式を整えて行う十五夜にも魅力があるのは確かです。肝心になってくるのは十五夜の月であるかどうかであり、その日に月見をすれば十分に十五夜を堪能しているといえるでしょう。

すすきがなくても団子がなくても、十五夜の月を眺めながら美酒を傾けるだけで、立派に粋な月見といえるでしょう。形にこだわることなく、楽しむことができるのが魅力です。

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