いろはにほへと(いろは歌)の意味|作者や込められた怖い意味

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「いろはがるた」「いろは四十七組」「日光いろは坂」などに残されている、いろは歌があります。「いろはにほへと」で始まるこのいろは歌、最後まですべて言えますか。

その昔は辞書もいろは順だったくらいですから、誰でも意味はともかく「いろはにほへと」を知っているのが当然でした。全ての仮名を織り込んで見事な歌に仕上げたいろは歌、全文は以下の通りです。

いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせす

漢字かな交じり文にしますと、こうなります。

色は匂へど 散りぬるを 我が世たれぞ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず

いろはにほへと(いろは歌)の意味


photo by ColdSleeper

「いろはにほへと」は七五調のリズミカルな歌になっており、もちろん意味を持っています。解釈が何通りにでも成り立つ「いろはにほへと」は、明確にこの意味だという、確定したものはありません。しかし、古くから語り継がれてきた歌ですので、多くの人がおおむね認識してきた意味は、比較的統一されています。

いろは歌の意味の背景には、仏教的無常観があります。色は匂へどで始まる「色」ですが、これは般若心経の「色即是空」の色の意味が掛かっています。「有為の奥山」の有為は、有為転変の有為で、因縁によって発生する事象を指す、仏教用語です。

全体を通しますと、「花もいずれ散ってゆく(人もまた死んでゆく)。常に変化し移りゆく世の中、迷いを乗り越えれば、夢を見たり酔ったりすることもない心境である」という意味です。

「夢を見たり酔ったりはしないぞ」という決意という解釈もありますが、意味に大きな違いはないでしょう。祇園精舎の鐘の声で始まる、平家物語の前文に似た、諸行無常のムードが漂います。

いろはにほへと(いろは歌)の歴史


photo by so-oh

「いろはにほへと」を作ったのは弘法大師空海とされていますが、弘法大師はありとあらゆるものの祖である人であり、多くの伝説がそうであるのと同様、いろは歌の作者というのも伝説に過ぎません。この歌が優れているがために、弘法大師のような偉人が作ったと思いたいのが人情なのでしょう。

仮名をすべて用いて作った歌は他にもありますが、「いろはにほへと」だけが残ったのは、それだけ親しまれていたからでしょう。いろは歌の真の作者については、説得力のある説は一切ありません。

とにかくも、いろは歌がその後教育において手本になってきたことは紛れもない事実です。特に江戸時代の寺子屋では、みな「いろはにほへと」で学習をしていました。「あいうえお順」など誰も知らなかったのです。

いろはにほへと(いろは歌)に込められたメッセージ

いろは歌は素材として、昔から遊び心を持って語られてきました。よく知られているのが、いろはを7文字ごとに区切っていったときの最後の文字をつなげて読むと「とかなくてしす」つまり、「咎無くて死す」(無実の罪で死罪)だというものです。いろは四十七士になぞらえて、江戸時代からよく知られた暗号の一種です。

いろは歌のほうが四十七により先なのでもちろん偶然ですが、こうした遊びからは、これは赤穂浪士でなく古代の歌人柿本人麻呂のことだという説も生まれてきます。このような遊びに使われるだけ、いろは歌は全ての日本人に沁みついているのです。現代でも、この手の遊びを論じている人が多数います。

いろはにほへと(いろは歌)の覚え方


photo by Kazuhiro Tsugita

現代人でも、いろは歌は覚えておきたいものです。現に、NHKでも子供たちのために今でも「いろはにほへと」を教えています。子供はアルファベットと同じように意味なく覚えてしまうのが得意ですが、大人なら、歌とワンセットで覚えたいものです。

「今日」が「けふ」であったりなどのずれはありますが、当然ながら歌を覚えていればいろは順もスムーズに覚えられます。「いろはにほへと」は、日本語の基礎であり、文化の出発点です。それは「あいうえお」順しか知らない現代人にとっても変わらないのです。是非、いろは歌を意味とともに覚えていただきたいものです。

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