ハイカラの意味や語源、使われた時代背景|意味は今と昔で異なる?

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ハイカラの意味

ハイカラという言葉の響きに懐かしさを感じる方は少なくないのではないでしょうか。漠然と目新しい物事を意味する言葉であることは感じるものの、具体的にどのような使い方をするべきなのかや正確な意味合いが掴み辛い言葉だともいえます。

ハイカラはかつて時代の最先端だと考えられていた西洋文化を模倣した服装や生活習慣に始まり、趣味や思考に至るまで全般的なものを指す広い意味を持つ言葉です。西洋風であることが目新しくお洒落であると考える風潮が強い中で生まれた日本固有の造語だと言えるでしょう。

明治から大正にかけての文明開化は洗練された文化的なもの一般をハイカラと呼び、ハイカラであることが持て囃された時代であったといわれています。

西洋的なものが一般的となった現代では、本来ハイカラの意味する西洋的なものが目新しくなくなり、お洒落であるや先進的という意味を指すように変化したと言われています。しかし、日本の近代化が進んだことでハイカラという言葉は次第に使われる機会が少なくなってきたといえるでしょう。

ハイカラの由来・語源


出典:写真AC

西洋的で洒落ていることを意味するハイカラという言葉は、鎖国政策が解かれ西洋の文明や文化が急速に持ち込まれた明治の文明開化の時代に生まれたと言われています。この時代の西洋文化に対する日本人の憧れは非常に強く、服装や生活習慣、趣味や思考に至るまで西洋的であることが良しとされていたといっても過言ではなかったようです。

洗練された西洋文明、文化の象徴のように捉えられていたのが紳士服で、スーツは急速に日本各地に広まり文明開化の時代に非常に多くのスーツ姿の日本人が生まれたと伝えられています。

スーツを着用する際に用いられるワイシャツの襟は高襟と呼ばれ英語でhigh collar(ハイ・カラー)と呼ばれることからハイカラーを捩りハイカラという言葉が生まれました。スーツを着用するのは西洋的でお洒落であるという価値観から、ハイカラはお洒落な物事を指す意味を持つ言葉として広まったと言われています。

ハイカラという言葉が使われた時代背景


出典:写真AC

幕末の維新活動により265年にも及ぶ江戸時代が終わりを告げ、明治時代が始まると江戸幕府の鎖国政策によって長く制限されていた西洋諸国との交流が、活発に行われるようになります。

西洋諸国との交流が始まることで、西洋の文明や文化に触れた日本人は日本が国際的に進む近代化に日本が大きく遅れを取っていたことを知り、近代化を推し進めるために西洋の文明や文化の模倣を行います。西洋の文明、文化の模倣は服装や生活習慣、趣味や思考にまで及び西洋至上主義とも言えるほど急速に日本中が西洋に傾倒した時代であったと言われています。

非常に多くの日本人が西洋の文明や文化に対して強い憧れを持つ時代に、西洋的で洒落ていることを意味するハイカラという言葉が生まれ広く普及したことからも、いかに当時の日本人が西洋の文明や文化に熱狂していたかが理解できるといえるでしょう。

ハイカラな服装とは


出典:写真AC

西洋的な洗練されたという意味を指すハイカラな服装と言えば映画化もされた「ハイカラさんがとおる」のマンガの中に描かれているものを思い浮かべる方も少なくないでしょう。男性は既に紹介したスーツにステッキ、山高帽を着用する場合や和装の袴を着用した場合でも足元はブーツ、頭にはベレー帽などを着用するのがハイカラな服装だとされてました。

ブーツを愛用したことでも知られる幕末の志士・坂本竜馬はハイカラな日本人のはしりだったと言えるでしょう。 一方女性には洋服や日傘がハイカラなアイテムとして広まりました。また男装に用いられていた袴を女性が着用するようになったのもこの時代からだと言われています。

西洋的というハイカラの意味合いからは外れてしまいますが、男性の装束であった袴に西洋から伝わった編み上げのブーツを合わせるスタイルは、ハイカラな女学生に広く受け入れられ全国的に広く普及したと伝えられています。

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