大正時代の服装の特徴は和×洋?|学生服や貴族、庶民の服を紹介

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大正時代の服装 貴族①「男性」


出典:Wikimedia Commons

明治時代から昭和の初期までは、日本でも貴族制度が存在していました。主に公家や武家の子孫、天皇家に使える人などが貴族の称号を与えられています。大正時代の貴族の服装は、和装も洋装も存在していました。

和装は羽織袴が一般的でしたが、洋風を取り入れることが流行っていた大正時代らしく、従来の伝統的な服装に山高帽やステッキを加えるなど、モダンな組み合わせになっています。また、洋装のバリエーションも豊富でした。

貴族ならではの洋装というのではなく、軍服姿背広など、さまざまです。ただ、貴族の服装ということもあり、華やかな装飾をしているものが多数ありました。

大正時代の服装 貴族②「女性」


出典:写真AC

女性向けの貴族の服装も、和服もあれば洋服もありました。ただし、大正時代の貴族の女性は深窓の令嬢として扱われていたため、モガに代表されるような流行の最先端をいく服装ではありません。

袴や編み上げブーツなどを組み合わせることもありますが、基本的には昔ながらの和服でした。

洋服を着用するときも、パーティードレスとしての利用が多いです。足が完全に隠れる長さのスカート丈、首回りを覆い、長そでで露出の少ない服装です。髪は結い上げてつばの広い帽子を組み合わせたり、大きめの扇子を持ったりしていました。

大正時代の服装 庶民①「男性」


出典:Wikimedia Commons

大正時代の庶民の服装は、新しいものへのあこがれがあっても資金がないこともあり、それほど大きな変化が見られません。

ただ、仕事の時には動きやすさなどから洋服を取り入れることもありました。男性の場合は、商業施設に勤めているときには着物に前掛けを着用した服装が一般的です。

工場で行員として働く場合には、薄青色の作業服(菜っ葉服)が支給されていました。農業に従事していた男性の服装は、明治時代からあまり変化のない野良着です。一方で、大正時代には会社に勤務するサラリーマンが誕生しました。

彼らは和服を着用することができず、背広などの洋服を仕事着として着ていましたが、当時は洋服が高価なこともあり、帰宅してからは基本的に和服で過ごしていたのです。

大正時代の服装 庶民②「女性」


出典:Wikimedia Commons

大正時代の女性はおしゃれに興味を持っている人が多かったのですが、庶民でもできる範囲で流行を取り入れようとしていました。大正時代の代表的な服装である袴やブーツの組み合わせには、長く下した髪にリボンを結ぶヘアスタイルが人気でしたが、当時はリボンが高額でなかなか手に入りませんでした。

そのため、家庭にある余った布などをリボンにするといった工夫はしていました。ただ、洋服は仕立てることができず、高価だったため、基本的には着物のままです。貴族の家などで召使として働いていた女性は、大正時代になってからメイド服を着るようになりました。

大正時代の服装の魅力や特徴

大正時代の服装は、現代になってもレトロモダンな魅力があります。激動の時代において、急激に西洋の文化が入り込んできたため、大正時代の服装は和服の中でも洋服の中でもスムーズになじむスタイルでした。階級や収入の差もあり、身の丈に合った流行のファッションをしていて、画一化された現代よりも個性的です。

単に西洋文化を取り入れてアレンジしているだけではなく、日本らしさを大切にしながら部分的に西洋らしさを取り入れたハイカラスタイルもあれば、自分たちの主義を服装で表現しようとするバンカラスタイルやモガのような着こなしもあるなど、力強い変化を感じさせる点も特徴的です。

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