【時雨、催涙雨、五月雨】日本で使われる、粋な雨の表現を7種類紹介

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

日本には、雨の種類を言いあらわす言葉がたくさんあります。私たちが日常的に使っているものだけでも、にわか雨や通り雨、長雨、小雨、涙雨と片手では数えきれないほどの種類があります。

その言い回しも、雨の降り方をとらえたものから、季節をからめたもの、物語性を持たせたものなど、情緒あふれるものが多種多様です。その数をすべて合わせると、数百を軽く超えるといわれています。日本人にとって、それだけ雨は身近で、また大切なものだったことがよく分かります。

雨の種類①

春雨


出典:写真AC

春雨は、文字どおり春に降る雨の種類をあらわした言葉です。3月下旬から4月にかけて、不安定な天気が続くころ。春の季節風がおさまってから、降りはじめる雨がそれにあたります。狭い範囲で、絹糸のように細い雨がしっとりと降り続くのが特徴の雨の種類です。

行友李風の新国劇『月形半平太』では、傘を差し出す舞妓に「春雨じゃ、濡れていこう」と気取った台詞が有名です。それくらい、弱い雨だということが分かります。また、春雨の降る仲春から晩春にかけては、ちょうど新芽が出る季節です。

そんな新しい命にうるおいをもたらし、春を告げる雨としてもとらえられ、古くから歌に詠まれてきました。ちょうど桜の散るころに降るので、「花散らしの雨」ともいわれています。

春雨というと、デンプンを原料とした食品の名前としてもよく知られています。鎌倉時代から伝わるもので、製造するさいに生地を熱湯のなかに落とす、その様がまるで春雨のようだという意味でつけられました。

雨の種類②

慈雨

慈とは、「いつくしむ」という意味です。慈雨は、まさに大地をうるおし、いつくしむように緑や作物を育ててくれる種類の雨です。そんな天からの恵みに対し、感謝を込めた言葉といえます。そこから、「干天の慈雨」や「旱天慈雨」という言葉も生まれました。

これは、困っている状況に救いの手がさしのべられることをあらわしています。慈雨は、また「喜雨」ともいいます。昔の日本人にとって、日照りは大きな災いでした。旱魃が続けば作物が取れず、飢饉となって多くの死者をもたらします。そんな日照りにようやく降り注いだ雨に、大喜びで天をあおぐ人々です。そんな情景が、あざやかに目に浮かぶような言葉です。

雨の種類③

狐の嫁入り


出典:写真AC

狐の嫁入りは、太陽が照っているにもかかわらず降る雨のことです。いわゆる天気雨の種類で、「天照雨」や「天泣」などともいいます。もともと、狐の嫁入りというのは、嫁入り行列の提灯のように、夜にふらふらと無数の狐火が見える怪異を指した言葉です。

実際に狐が嫁入り行列をする姿が目撃され、あるいはそれが狐のいたずらだと分かる、といった種類の伝説や民話が日本各地にあり、古典作品としても残っています。太陽があるのに降る天気雨は、まるでそんな狐に化かされているようだという意味が込められています。

ほかにも、狐の嫁入りが行われるときには雨が降るとか、行列を人目から隠すために山の上にだけ降らせている、という言い伝えもあります。地方によっては、青森の「狐の嫁取り」、神奈川や徳島の「狐雨」、千葉の「狐の祝言」などという言い方もあります。

雨の種類④

五月雨

読んで字のごとく、5月に降る雨のことです。ただし、あくまで旧暦の言葉なので、現在では6月ごろに降る雨を指します。つまり、私たちが梅雨と呼んでいるのが五月雨なのです。これと同じように「五月晴れ」という言葉も、もとは梅雨の合間に見える晴れの日を指す言葉でした。

現在では、「梅雨」を季節の意味で、「五月雨」が雨そのものを指す使い方が一般的になっています。「さ」は田植えをあらわす言葉で、「みだれ」は「水垂れ」の意味ではないかと考えられています。ここからも、雨の種類とその名前づけに、農業が深く関わっていることが読み取れます。

長く降り続く雨が、卯の花を腐らせるということで、「卯の花くたし」ともいわれます。また、だらだら降り続ける雨にたとえて、少しずつくりかえすことを「五月雨式」などと表現します。俳句の季語としても多く使われ、松尾芭蕉の「五月雨をあつめて早し最上川」はとても有名な句です。降りしきる雨の音が耳にまで届きそうな、傑作のひとつです。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連するキーワードから探す