【刎頸の交わり】知っておきたい故事成語の意味や使い方|例文も紹介

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「もう何十年もの間、彼と私は刎頸の交わりを続けている」という時、この二人はどんな関係なのでしょうか? 劉備と諸葛孔明で有名な水魚の交わりのように、中国の故事に由来する言葉だと予想できますが、普段はあまり使わない慣用句です。

しかし、このような故事に因んだ慣用句は、ただ親しいとか仲が良いと言う言葉以上に、深く物事の様子を表すことができます。

刎頸の交わりの意味

出典:写真AC

刎頸の交わり(ふんけいのまじわり)とは、相手のためなら首を切られても良いほど信頼しあう深い仲という意味です。 刎頸というのは首をはねると言う意味です。

刎頸の交わりの由来/言葉の背景/語源

刎頸の交わりは、紀元前100年前後の中国、前漢の時代の歴史家、司馬遷によって書かれた史記の中にある故事に由来します。

紀元前400年から200年ほど前、中国の戦国時代に趙という国がありました。 趙が持っていた名宝を、秦の国王と渡り合い命がけで守り、趙の体面を保った藺相如(りんしょうじょ)は、大臣に昇進しました。

しかし、趙の総大将であり、歴戦のつわものである廉頗(れんぱ)は、戦ではなく口先で出世した藺相如の出世を不満に思い、周りの者に言いふらしていました。 そんな廉頗の様子に、藺相如は病気だと言って外出しなくなります。

ある日たまたま外出した藺相如が、道で廉頗と鉢合わせそうになったとき、車を引き戻して、廉頗を避けて逃げます。 それに対して家臣たちが情けなく思い、藺相如を責めると、「私は秦王をも恐れなかった。その私が廉頗を恐れるはずがない。ただ私が思うには、秦がこの趙の国に軍隊を送らないのは、私と廉頗がいるからだ。

この国を支えている二人が仲たがいしてはいけない。そのために私は個人的な恨みは後にして、今は廉頗の態度に甘んじているのだ」と語ります。 その内容が廉頗に伝わり、廉頗は藺相如の広い心を知り謝罪しました。

廉頗は、謝罪するときに上半身の衣を脱いでいばらの鞭を背負い、この鞭で自分を打ってくださいという姿勢で藺相如に対したのです。誇り高い名将が、そこまで自分の行いを恥じ、相手に謝罪するというのは、藺相如の人格に感服したということです。 そして二人は刎頸の交わりを結んだのです。 この言葉の語源はそんな背景があります。

それなので、刎頸の交わりとは、ただの親友というより、色々なことを乗り越えてお互いのためなら死んでもいいような深い絆で結ばれた間柄という意味があります。

なお、藺相如が秦王と渡り合って名宝を守り切った故事の由来が、完璧という言葉の語源になっています。 当時の趙にとって、この二人は無くてはならない人材だったのです。

刎頸の交わりを使う場面

出典:写真AC

さまざまなことを乗り越え、お互いに深く結ばれた仲を表す時に使えます。

「私たちは、最初はお互いに喧嘩ばかりしていましたが、今では刎頸の交わりで、お互いに何にも代えられない存在です。」

また、親友では足らない、更にそれよりも、もっと深い友情であることを表すときにも、この言葉が使えます。

「彼らは私が立ち入ることが出来ない、刎頸の交わりで結ばれている。」 「今の希薄な人間関係で、刎頸の交わりと言えるような友人は出来ない。」

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