石渡染色工房
手描友禅 / 石渡 弘信 (74)
経済産業省認定 手描友禅部門 伝統工芸士
平成9年度認定かわさきマイスター
今回向かった場所は神奈川県川崎市にある石渡染色工房。
代表の石渡さんは「手描友禅」の技能の持ち主で、皇族がお召しになった着物の模様を手掛けたこともある職人。下絵から彩色まで、ひとりで仕上げることができる。
電車に揺られつつ、最寄り駅である二子新地駅に到着。二子新地駅から徒歩10分程度にある石渡染色工房は手描友禅の匠、石渡弘信と奥さんの二人で営んでいた。笑顔で迎えてくれる奥さんと遅れて照れくさそうに迎えてくれる石渡さんの姿が印象的だ。
石渡さんに手描友禅の魅力について話を伺った。
手描友禅の魅力とは
「手描友禅とは自然の美しさを失うことなく、着物などを美しい模様や色合いで、すべて手描きで表現する技法です。型染めが多くなっているなか、手描友禅は絵のように描けるので優美で絵画的な表現に適した技法なんですよね。」
「僕が思う手描友禅の一番の魅力は自己表現ができること。これがすごく楽しくてこの世界に入ってから56年、今でもこの仕事が大好きですね。」
楽しそうに語る石渡さんは現在74歳。若いころの修行時代を振り返ってみると、色々な苦労があったそうだ。
厳しい修行時代
「この世界に入ったきっかけは叔父の家が染物屋をやっていて、そこで手伝わないかと誘われたのが始まりです。住み込みでいざ入ってみると辛いことだらけで、特に最初は全然仕事をさせてもらえなかったです。だから家出はよくしたものですよ。」
高架下で野宿をし、お腹が空けば頭を下げて叔父のところに戻ることを繰り返していたとのこと。
「職人は見て覚えろとか言いますけど、覚えようと見ているだけだと『何やってるんだ』と理不尽に怒られましたね。見続けることもできないし、触らせてくれないし、いつまで経っても上手くなりませんでしたね。」
「弟子も僕を含めて5人程度いましたけど、僕が一番出遅れていました。でもここまで自分が仕事を続けていられる理由は明確で、手描友禅だけは嫌いにはなれませんでしたから。」
嫌いになれない理由を聞くと、手描友禅は最初から最後まで自己責任でできるからだと語る。自由に作品を作り、うまくいけば全部自分の手柄になるところが表現者にとっては魅力だという。
修行期間わずか5年で独立
出身地である川崎市(現工房兼自宅)にて独立を決意した石渡さん。修行期間5年という短さでの独立には理由があったのだろうか。
「ただ単に自分でやろうと思いました。筆と机さえあれば仕事はできてしまいますからね。」
当時は24歳。自宅の一室を工房としているので、そこまで初期投資はかからないという。手描友禅は仕事さえできれば独立のしやすい環境のようだ。
仕事が好きな理由
仕事をしていて、気が付くと夜中になっていることも多々あるという石渡さん。仕事で時間を気にしたことがないとのこと。ここまで夢中になれるほど仕事が好きというのは、どのような状態なのだろうか。
「どう表現すればいいのか分からないけれど、どれだけ頑張っても苦にならないという状態ですかね。プロ野球選手もそうだけど、影ですごい努力しているよね。でも簡単そうだけど、努力できることが好きに繋がっていると思いますよ」
仕事に対する努力を苦痛だと感じたことがないと笑顔で答える石渡さんが印象的だ。
日本文化を盛り上げていきたい
最後に今後の展望について聞いた。
「手仕事の世界を普及させたいですね。手描友禅だけではなくて、伝統工芸とよばれる日本文化を盛り上げていきたいですね」
インタビュアー後記
手描友禅という仕事が心から好きという気持ちが伝わってくるインタビューでした。実際に作業を少し見せていただきましたが、一つ一つの工程がとても繊細で職人技だと感じました。仕事に対しても真摯に向き合う姿は、技術以外の部分でも学べることは多いと思います。ぜひ一度体験してみてはいかがでしょうか。